負火のシンカ
鉄同士がぶつかり合う音が燃える森の中で響き渡る。ヒルルトの攻撃は苛烈を極め、一瞬の好きすらも許さない。力は遥かにレビィが上だが、攻め手に偏れば即座に急所へ刃が向かってくる。
防戦に回るレビィは本来の力を出せず、押されてしまう。
ヒルルトも攻め続けなければレビィの攻撃が飛んでくる。その威力は一発か二発で倒されてしまう程だと予想していた。レビィも決して動きが遅い訳ではない、一発受ければ即座に二発三発と拳が飛んでくるだろう。
互いに緊張した戦い。そんな2人の世界に飛び込むのは自殺行為に等しい。
「おらーっ! チンタラやってんじゃないよ」
黒い火を松明に灯して2人の間に飛び込む赤茶けた髪の愚かな少女がいた。
「わっ、馬鹿! 間に立つんじゃねえ!」
「くぅ、剣を止められない」
間に入った異物を取り除こうと無意識にレビィとヒルルトの拳と刃がフレイミアに襲いかかる。
「ひぃ!」
しかし2人の攻撃は宙を舞う木の葉よりも軽やかな動きで避けられる。
「マジかよ!?」
「馬鹿な……」
2人は身体が固まって驚く。あれだけ激しかった攻防が一瞬にして静まる。軽やかにかわしたフレイミアはそのまま通り過ぎた所で転ぶ。
「あ、隙あり!」
「しまった!?」
フレイミアの回避を目の当たりにしたことが幸いしたのか、先にレビィが動き始めた。一瞬の油断、ヒルルトは避けきれず肩に拳を受けて柄を手放してしまう。
剣が飛んでいった先には……。
「いったぁ~。あ、これはあいつの剣、やったぜ」
「フレイミア! それをこっちに」
左手で刀身の消えていく柄を持つ。遠くのブランツからの呼び掛けに応えて柄を投げ渡す。
「よし、レビィもこっちに戻れ」
「はぁ? うおっ」
抗議するために振り返るがツタに絡まれ引っ張られる。素直に言うことを聞かないだろうと予想したブランツは、柄を受け取りながらツタを伸ばしていた。
必然とヒルルトの前にはさっきようやく立ち上がったフレイミア。
「やられたわ」
「へへ、武器が無くなればこっちのもんよ」
「ふっ。あんたならこれでも余裕よ」
ヒルルトは腕を広げて両手を開く、手の前には腕の半分近い短い剣が現れる。
「わっ、反則だって」
「いやいや、私は武器を失い、あなたにはその松明がある。フレイミア、今は有利なはずよ」
「武器持ってるじゃないのさぁ~!」
ヒルルトの両手に握られた短剣を指して叫ぶ。魔性によって作られた物は武器ではない、というのが彼女の言い分だ。
「覚悟しなさい」
「来んなし」
迫るヒルルトに黒い火炎放射を松明から放つ。視界を覆う程の火だが素早い剣さばきで散らされてしまう。
「ん、気持ち悪い感覚が……」
「悪いけど速攻で決めさせてもらう、レビィと戦いたいんでね」
右手の剣がフレイミアの頭に振り下ろされ、とっさに松明を掲げて防御をする。
ガシャン。剣が松明に当たると刃が砕け散り、消滅した。
「馬鹿な、柄がなくともこんなことで壊れるはずがないのに」
「あれ? もしかしてあの柄がないとそんなに強くないとか」
「ギクッ」
見事に言い当てられ、あからさまな反応をしてしまう。
勝機を見たフレイミアは攻め手に回る。
松明を突き出して黒い火を放つ。ヒルルトはそれを後退しながら剣で払う。
「うっ、また変な気分が」
松明からかすかに異質な何かが流れ込む感覚を覚え、思わず口を押さえる。
隙ができたことでヒルルトに攻撃のチャンスを与えてしまう。
「ずいぶんと余裕ができたものね!」
「おうわっ」
再び剣を出現させて襲いかかる。油断のせいか、持ち前の回避もままならず足が絡んで地面に尻餅をついてしまう。防御もままならない状態のフレイミアに容赦なく剣が振り下ろされる。
やられる、そう思ったフレイミアはとっさに左腕を前に掲げて目をつむった。
やれる、そう確信して振り下ろした剣はフレイミアの魔力膜に弾かれ、刃がボロボロと崩れてしまう。
「な、なんなのこの固さ……まるでレビィの身体みたいな」
「うぅ、めっちゃいてぇ。でもまだやれるみたい? にしても痛い、赤くなってるし」
フレイミアは腫れた腕を撫でながらゆっくりと立ち上がる。
魔性を弱めるフレイミアの黒い火に警戒してヒルルトは距離を開ける。
「あなたの魔性、何だったかしら?」
「誰かに聞かなかったわけ? この私の魔性は"力を奪う黒い火"だって」
「力を奪う……ね。まさか、そんな魔性の法則を無視するようなことができるはずが」
解釈の仕方によっては常識を覆しかねない、ヒルルトはそんなことを考えながら警戒して剣を作り直して切先をフレイミアに向けた。
カクンと力が抜けるような感覚と共に腕が下がる。魔象器である細剣の柄がない今、一振りの剣を作るのにさえかなりの負担がかかる。
フレイミアは特異な力を持つ可能性があっても格下、しかし消耗し柄もないヒルルトにとっては気の抜けない相手となってしまった。
何度も剣を折られて出してを繰り返してはそれだけで消耗してフレイミアからは一撃も受けずに負けてしまう。
「く、もうあまり持たないか。そろそろ決着をつけようか」
「持たないんなら長引かせるだけだよ? 避けまくってやんよ!」
「全力で行くって言ってるのよ。簡単に避けられてちゃたまんないわよ」
細剣の時と同じ、突きに特化した構えで突撃する。その速さは万全の状態と変わらない動きで、フレイミアの予想を大幅に上回った。
真っ直ぐ繰り出された突きを背面に回り込むように避けようと構えていると相手の腕がわずかに曲がり、回避行動に移る直前で背面への道が角度を変えた剣にふさがれた。
考える暇もなく反対の道へ避けるもそこは正面、左手に握られたもう1つの剣が迫る。
目くらましに黒い火を放つも、迷いのない剣はそれを貫きフレイミアの肩に直撃、回転しながら後方へ吹き飛ばされた。
「おげぇええ! 痛いし気持ち悪いし、ぐへぇ」
「くっ、素手で殴った方がまだ痛手だったかもしれない。すぐに砕けて力がかからないみたいだ」
バラバラになって柄だけになった左手の剣を悔しそうに眉間にシワを作って睨み付ける。
「いらない、か」
ヒルルトは右手に残った剣を自分で消すと拳を構えて格闘戦の用意をする。それを見たフレイミアは口元を歪める。
「武器が駄目になったもんなぁ、それしかないんなら私はあんたに近づかない。距離とって私の魔性でじっくり焼いてやる。ぐへへへへ……」
「あなた誰かに性格悪いって言われたことない?」
ヒルルトがため息を吐く。一息ついたことで焦りが落ち着く。
一歩、踏み込んで一気に距離を詰める。それに合わせてフレイミアは距離を開けて後退り。決して手が届く範囲に近寄ろうとはしない。
頃合いを見て松明に魔力を流し、魔性の黒い火を灯す。松明の先端を向けて黒い火をヒルルトめがけて伸ばす。避けようとしない彼女は火に包まれる。
「はっ! 魔力も避ける体力もなかったみたいだな」
「避けるつもりはない。このまま突っ込む」
火をくぐり姿を見せたヒルルトは右腕を大きく掲げて拳に力を込める。身構えた所で左手がフレイミアの松明を払い落す。右手に意識を取られて握る力が緩んでいた。
「なぁ、しまった」
「も、もらっ……た」
ヒルルトの拳は確かに届いたが、ポフンと腹に軽く当たるのみで全く効いていない。
好機と見たフレイミアだが、無表情のまま突き飛ばす。ヒルルトの馬の尻尾のように束ねた髪がなびく。
「くっくっく。まだだぜ、倒れるのはよぉ」
目の前をヒラヒラと動く金髪を掴み、そのまま持ち上げる。痛みをこらえた苦悶の表情がすぐ側にある。フーエルの強力な火炎を跳ね返し、力と速さを備えたレビィとも互角にやりあえたあのヒルルトが、今、弱い自分の前で力尽きようとしている。そう思ったフレイミアは遅れて笑いが沸き起こる。
「はーはっはっはぁ!」
愉快な気分に任せてヒルルトの髪を引っ張り身体を振り回す。抵抗しようにも力を使い果たした状態では遠心力に逆らうことすらできない。
フレイミアはしばらく振り回すと思い切り髪を引いて近くの木に向けて放り投げる。ヒルルトの背中が木に激突する直前、展開された魔力膜が強く輝き肩から地面に落ちる。
「ま、まだだ!」
「なら、これで終わりだ」
足を震わせてようやく立ち上がった所を回収した松明の先で殴りつけた。
バチン。鈍い音ではなく、魔力膜が展開された。それは大きく広がりヒルルトを包み込む巨大な泡になる。胸に着けてあったブローチが光を放っているのに気が付く。
「これが『安全装置』ってやつねビックリしたじゃんかさ」
気を失ったのか動かないヒルルトは魔力泡に乗って上昇していく。それを見送りながら、フレイミアは勝利を実感した。