部屋と2番手とお菓子
意識を取り戻しかけたフレイミアは後頭部に柔らかい感触を覚える。温かく、包み込む様なそれに寝返りをうつと別の柔らかい物が顔を覆い呼吸を遮る。
「はっ!」
「あら、起きたのね。大丈夫だった?」
まだ頭痛の残るフレイミアの横に座っていたのはふくよかな身体付きの同い歳くらいの女だった。いつの間にか膝枕に頭を乗せていたらしい事に気がつく。太い脚の寝心地を思い返し、目を細める。
無事に目覚めたことを喜ぶ女はとても嬉しそうで、穏やかな笑顔をしていた。
「あ、ありがとう。私はフレイミア」
「あら、フーエルよ。大事に至らなくて良かったわ」
「いやホントに、死んだかと思った。で、戦いは?」
辺りを見回すと静まり返っていて、座り込んだまま話す者、疲れて寝転がる者、フレイミアと同じように気絶して看病される者などがいた。巨大ロウソクはなくなっていて、プロミナや教員達が何やら話し合っている。
教員が1人、前に出ると4人の名前を呼び近くまで連れてくると鍵を渡して外へ出していくのが見えた。
「部屋割りしてるんだって。さっきの戦いで集めたバッジを参考にしてるみたいよ」
「ほえ~。あ、私のエンブレムは?」
「私が名前書いて渡しておいたわよ」
フレイミアは目を細めて猜疑の眼差しを向ける。
「安心していいわ。あなたのを取ったりなんかしてないから」
「本当に?」
「それに、多いからっていいとは限らないみたいだし」
フーエルが指差すと、呼ばれた4人の集まる方向を見る。フーエルが説明するにはどのグループも強い人と弱い人が入れられている、強さが一定になるように編成されているとのことだ。
「あんた、なんか弱そうだし私と一緒のチームにはなれそうにないな」
「あら。やっぱりお姉さんみたいな素質を持ってる人は違うのかしら」
「そ、それは」
姉の事を出されるとどうしても黙ってしまう。姉とは強さも魔性も正反対で、才能があると思ったことは一度もない。
ふとレビィを思い出し、誤解から面倒な事態にならないうちに弁明を図ろうとする。
「そう、じゃなくて。私さ、簡単な訓練しかしてこなくて、ここでもレビィと戦うまでほとんど逃げ回ってたくらいだしさ」
「あ、ごめんなさい。お姉さんと比べられちゃうと辛いわよね」
気まずい空気になり、2人は黙ってしまう。
隙を見た周りの女子が何人か集まってくる。その目はキラキラと輝き、フレイミアを中心に集まる。
「あのレビィって奴に膝を着かせたんだって?」
「私達じゃ手も足も出なかったのに」
「凄いよ!」
賞賛の言葉に気を良くしたフレイミアは腰に手を付けて誇らしげな顔をした。
「まぁ、私の負火にかかればあんなもんよ!」
「へぇ~、どんな能力なの?」
「負の性質は複雑な能力が結構あるから、聞きたいな」
言われるままにフレイミアは自身の能力を自慢気に話し出す。
その能力は以外にも単純で“あらゆる力を奪う黒い火”という物だが、未熟なこともあり効率も威力も大したことはない。初見であれば大きな隙を作れる程度で、それゆえにレビィには結局敗北している。
「……とまぁそんな感じ。レビィの奴、あんな強引に、膜を破ってくるなんて初めてあんなことされたよ」
思い出すと額に鈍い痛みが蘇り、手を当ててうつむく。
胡座をかいていたレビィが騒ぐ女子達の視線に気が付いた。
「あ? なんだよ」
「あなた、そっちの気がありますのね」
「私達は普通だから」
レビィは訳がわからず、気分を害して近付いてくる。戦意がなくとも十分な威圧感に固まってしまう。
「あらあら、もう終わったんだから喧嘩は駄目よ?」
「げ、フーエルか。こいつら一体何の話題をしてんだ?」
「膜を破ったとか、初めてとか」
フーエルを前に足を止める。女子達の中心にいるフレイミアが視界に入り、察したレビィは顔を赤くして、襟を掴み持ち上げる。首が絞まって足をバタバタさせてもがきだす。
「てめ、腹いせにこんな嫌がらせを、本当にクズだな」
「ち、違う。ごか、誤解ぃぃ!」
掴む腕を叩いて降参するもなかなか降ろす気配がない。フレイみあの顔は火が着いたように赤くなった後、泡を吹き青ざめた。意識も薄れてきて再び気を失いかけていた。
「次の班! レビィ、ブランツ、フレイミア、フーエル」
「な、なんだって!?」
「あらあら、一緒になっちゃったみたい?」
驚きのあまり力が弛み、フレイミアが床に尻を落とす。痛みで意識を持ち直し、痛む尻を撫でた。
立ち上がった所をフーエルに支えられて呼んだ教員の元人へ4人が集まった。そこにはフレイミアの知らない緑髪をした細身の男がいた。木のように静かで、気配や存在感が薄く不思議な感覚があった。
「ブランツって、お前だったのか。さっきはすまなかったな」
「ほんっとに痛かったんだからな!」
まだ痛みの残る腕をさすって、声を荒げる。そこにさっきまでの静けさはなく、突風に葉を揺らす木々の騒々しさがあった。
「むぅ、この人ってなんだか変な感じがする」
「僕達、植族を間近で見たことないのか? 感知力に長けた者は違和感を覚えるらしい」
「あー、だからアタイの攻撃を避けまくったのか」
納得して頷くレビィとは別にフレイミアは苦笑いをする。本人はただ恐くて逃げ回っていただけで、動きを読んだり何かを感知したつもりはない。
「あ、これ部屋の鍵ね。お~い、こっちの班案内してやって」
フーエルに鍵を渡すと、別の教員がやって来て4人に着いてくるように促す。
一度3人は話を止めて教員とフーエルを先頭に歩いていく。外の通路は庭の様に広い場所が多くある。所々に石造りの試合用のリングを見かける。
「これこれ、こういう場所で戦ってみたいんだよアタイは」
「野蛮だな、決闘制度目当てか」
「け、決闘制度?」
フレイミアは言われたまま入学したこともあり、学園の仕組みに全くと言っていいほど知らない。危なげな言葉に肩に力が入って上がってしまう。
怖気づいたのを察したレビィは肩を叩くと魔力膜が受け止め、バチッと音を立てて弾いた。
「おい、励ましてやろうってのに。そりゃないだろ」
「いや、痛くしそうだったからつい」
「喧嘩すんなよー、決闘で発散してくれ」
教員に注意されたフレイミアとレビィは見えない後ろで小さく舌打ちをして睨みつける。そんな2人を見てブランツは鼻で笑った。
「とにかくだ、フレイミアは戦力に入れないから」
「そう、いやぁ私戦いとか苦手だし」
「流石に何もしないと進級できないな、全員」
「あら、それは大変ね」
フーエルは言葉とは裏腹ににこやかな顔をしていた。他は面倒な奴と組まされたと残念そうな表情が浮かぶ。
「ちょっと! なんで私が最弱みたいな雰囲気なのさ。フーエルとかブランツとか弱そうなのに」
先頭を歩くフーエルの背中を指差す。
「ブランツはともかく、フーエルは新入生の中で上位クラスだぞ。アタイは勝てなかった」
「僕にこの子を任せて行ってしまうんだから、誰も襲わなかったからいいものの」
怪しむ顔でフーエルの大きな背中を見る。感知力に長けていると言われたフレイミアだが、自分よりは僅かに強い程度で彼女からは大した力を感じられないでいた。
一行は石造りの白く四角い建物に入る。教員はここが寮だと説明すると、部屋の番号を伝えて戻っていく。
「どんな部屋かな~、綺麗なベッドだといいな」
「おい、まさか男と同じ部屋ってわけないよな」
「何か問題でも?」
ブランツは不思議そうに首を傾げる。
「君達とは身体の構造が違う。間違いを起こしようがない」
「知ってるけど」
「マジで? どんなになってるの」
フレイミアが目を輝かせながら割り込み、レビィは機嫌を悪くして耳を摘まむ。
「イタタ、何すんのさ」
「邪魔だっての」
そうこうしている内に部屋の前まで辿り着いた。フーエルが鍵を開けると真っ先にフレイミアが飛び込んでいく。元気にはしゃぐ様子にフーエルは安堵して微笑む。
「うげ、なにこれ物置部屋みたい」
「お、二段ベッドが2つか。布団があるだけ上等だな」
「あら、いい感じじゃない」
「日当たりは、あんまりよくないな」
ブランツだけはベッドや部屋の広さよりも窓からの日差しを気にしていた。窓からの景色は半分が学園を囲む壁に覆われていて、暗くなるのが早くなるのを残念がっている。
「ふむ、人間と獣族との違いはなんとなく分かった」
納得して頷く。
いつの間にかレビィはベッドの二段目に上って3人を見下ろす。しっかりと靴は脱いでいる。
「アタイはここ! フーエル、下に来い」
「仕方ないわね」
必然的にフレイミアはブランツと近くなるが、真っ先に下の段に寝転がって場所を取る。
「僕が上か、無駄な力を使うじゃないか」
「うっさいな、私はここがいーの。草みたいに黙って、言うこと聞いとけ」
「君と言い争うのは疲れそうだ。仕方ない」
そう言いながら窓枠に背を持たれかける。少しでも明るい場所にいたいのだろう。
「ねぇ、お腹空かない? 食堂行こう」
「お、いいね。私も行く」
「アタイも腹減った」
「僕はいい、何か適当に買ってきてくれ」
ブランツだけは窓際から動く気配はない。しかし、フーエルが手を引き強引に連れ出す。
校舎と寮の間には木造2階建ての建物がある。看板には食堂と書かれていて間違いはないようだ。
「この場所、先公は説明してないだろ。アタイは匂いで分かったけどな」
「遠くでちらっと見えたの。匂いもしたし」
「フーエルは動物並みの嗅覚なの? あ、腹減っただけか。よく食べそうだもんなー」
フレイミアの言葉に顔を赤くするフーエルだったが歩みは遅くなることはない。それだけ空腹なのか、食べるのが好きなのかは誰も分からない。
フレイミアは避けて逃げ回ったせいで体力を使い、腹を空かしていた。食堂の前にたどり着くと、人だかりができていた。どうやら入れないようになっているらしい。
「なんで入れないんだ!」
「今は我々“でっどすいーつ”が独占している。他所へ行くんだな」
赤いローブを着た2年生が8人入口に立ちふさがっていた。
言い争う中には同じ2年生も混じっているが、物怖じする様子もない。
「“でっどすいーつ”……あいつら、ふざけてんの?」
「アタイも思った。こいつらぶっ飛ばすか」
「駄目よ。授業や決闘以外での戦いは怒られちゃうわ」
フレイミアの言葉に賛同したレビィが肩を回し始めるとフーエルが前に出て止めに入る。
「いいセンスだ! 僕達も何か班名を考えよう、うん」
ブランツだけは1人、顎に手を当てて考え事を始めた。
ざわめきが大きくなると、立ち塞がっていた者達と抗議していた者8人がどこかへ歩いていく。一瞬だけ入口に隙ができ、フーエルが真っ先に飛び出し続いて3人が走る。中は意外にも空いていて、赤いローブの4人だけが占領している。
2人組になって距離を開けて食べている。奥の方では緑の髪をした女子がプリンを食べさせあって近づきにくい雰囲気をまとっていた。
「ん? お前ら、1年か」
「むぐぐ、もごご」
学生とは思えない大男と子供にしか見えない男子がケーキやプリン等のデザートが広げられたテーブルの前に座っていた。
大男は金髪をツンツンに尖るように固めていて、デザートの前で腕を組んでフレイミア達を睨む。威圧するような魔力と、魔力ではない力強さを全身で感じ取ったフレイミアは固まってしまう。1年生では上位の猛者であるレビィでも比較にはならない程だ。
「ここは俺達が今使っている出て行ってもらおうか」
「はいぃ! 出ていきましゅう」
「待てコラ」
レビィが逃げ出そうとするフレイミアの襟を掴んで止めた。首が絞まって潰れるアヒルのような声を出して座り込む。
「ずいぶんと好き勝手やってるみたいじゃねぇか。アタイにも分かる、強いんだろ?」
「ああ、この中で一番強いのは俺だ」
今にも争いが始まりそうな張り詰めた空気の中、ブランツとフーエルは唾を飲む。動き出せばレビィを止めなければならない。
そんな空気をよそに、フレイミアが咳き込む。顔の前で手を振り否定する。
「確かに強いのはわかるんですが……ゲホッ、二番目ですよね」
「な、んだとぉ?」
大男の目が大きく開く。距離を開けてケーキを食べていた女子2人もその言葉に手を止め、フレイミアを見つめる。
次の瞬間、大男は席を立ち目の前で見下ろす。威圧感のせいか倍以上の身長に感じられ天井に届いているように錯覚してしまう。
「お、やるか」
「お前じゃない!」
大男は左腕で払う、構えていたにも関わらずにレビィは弾かれて壁に穴を開けて外を転がっていく。外が大きくざわめくのが入口や穴からも聞こえる。
「名前はなんだ?」
「フ、フレイミアです」
「あいつの妹か。よく聞いているが、感じる魔力と同じで弱々しい女だ。プロミナは力はあれど見る目は無いようだな、学園長などせずに兵器らしく埃でも被っていればいいのだ」
ビクビクしていたフレイミアだったが姉の名前を出され、痛む喉を押さえつつ立ち上がる。
「見る目がないのはあんただろ。露骨なんだよ! いかにも『俺が一番』って主張してわざとらしく漏らす魔力がさ」
「うぐっ」
図星だったのか、何も言わずただ睨みつける。静かな食堂には小さな男子が食事する音だけがしていた。
「認めるものか! お前の姉も! そこのガキも!」
拳を振り上げ、唸りを上げて振り下ろし、爆発にも似た音が食堂とその周囲を揺らす。