*『愛してる。』って。
ボヤける視界。
ふらついて、足には力が入らない。
焦点の合わない瞳から入ってくる霞掛かった映像は、なぜかスローモーション。歩行者もすれ違う車も、すべてが有り得ないほどゆっくりだった。
そんなボヤけた映像の中、なぜか見事にクッキリと脳裏に写し出されているのは、グングンと自分に近づいて来るトラック。
そう、何故か自分は車道にいる。
――ぶつかっちゃうなぁ。
思考回路のショートした頭でそう認識するも、壊れきった心には怖いなどといった感情や、逃げようという意志すらも浮かんでは来ない。
ただ単に、眩む視界の中でトラックが自分に近づいてくるのを、ボンヤリと眺めていた。
どのくらいの時間が経過したのか。
3分?1分?――もしかしたらたった10秒、いや5秒なのかもしれない。
突如、近づいてくるトラックを見ていた視界を何かが遮る。
暖かくて、か細いのに何故か安心感のある白い腕が背中を優しく抱きかかえる。
荒い呼吸が耳たぶにかかり、俺の短い髪を細かく揺らす。
頬にかかる彼女の長く艶やかな黒髪。懐かしい大好きな香りが鼻孔を擽る。けれど、何の匂いなのか思い出せない。
だが彼女の肩は震えて、心臓は自身の危機に対する恐怖を表し大きな音で高速に脈打っていた。
しかし、彼女はそれを堪えるかのように俺を強く抱きしめて、耳元でポソリと呟いた。
――愛してる。
ゴゥーという風と共に近づいてきたトラックは、勢いを殺すことなく真っ正面から二人にぶつかる。非現実的な出来事に、ただ眺めるしかできない観衆らが見守る中、二人の体は離れることなく宙を舞った。