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夢の中まで一途な溺愛王子様と公爵令嬢の憂鬱  作者: 古都助
第三章~ラスヴェリートの結晶~
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~ラスヴェリートの剣と王子~

不精髭の男が仕掛けた悪趣味な最後の試練。

偽りの世界で生まれたリデリアとセレインの子供達。

子供達を殺せば、精神世界の表側へと帰還できる。

しかし、それは同時に、セレインの精神の崩壊を意味する事で……。

窮地に追いやられたセレインとリデリア達は、

突然闇の中に現れた青き光を前に……。

「何……、これ」


 穢れた暗闇の中に現れた、――美しい青の光。

 子犬の姿で痙攣していたセレインの小さな身体が、その光に抱かれるかのように宙へと浮かび上がっていく。闇の向こう側にいる不精髭の男も、この事態を予想していなかったのか、その眉根が訝しげに寄せられている。


「ルイヴェルさん……、これって」


「穢れを払う清き光……、敵でない事は確かだろうな」


 宙に浮いた子犬のセレインと共鳴し合うかのように光輝くそれは、徐々にひとつの姿をとった。

 この世の何もよりも淀みのない美しい青を纏う……、一振りの剣。

 鞘はなく、その露わとなっている刀身にその場の誰もが魅せられてしまう。


『ラスヴェリート王家の血を継ぎし、新しき主よ……』


 どこからか響いたその低い音に、子犬の瞼がぴくりと応えた。

 青の瞳が、ぼんやりと剣と向かい合う。

 

『新しい……、ある、じ』


『ラスヴェリートの地に災いが起こりし時、私はその時代の主と共に役目を果たす定め……。当代の主たる御方、セレイン・ラスヴェリート……、どうか、私と契約を』


 それは、セレインに対する服従の音に思えた。

 私の聞き間違いでなければ、このどこか聞き覚えのある低い声は、あの剣から紡がれている。

 ラスヴェリートの結晶の次は、剣? それに、あの柄の装飾部分に嵌っている青い欠片は……。


『私と契約すれば、この忌まわしき闇を払う事が』


 その言葉が終わる前に、あの不精髭の男が手から放った瘴気塗れの炎が子犬のセレインと剣を襲った。だけど、その穢れた炎は青い光に呑み込まれるように霧散し、ないはずの剣の視線が、敵を鋭く見据えた気がした。


『ラスヴェリートの地を脅かす悪しき者……、たとえ欠片に成り果てようとも、一条の光がその輝きを失わぬ限り、闇はいずれ晴れるもの』


『おやおや、自分の本体の大部分がこっちにあるっていうのに、余裕かい?』


 新しい葉巻を吸いながら嗤った不精髭の男が、一撃では終わらない炎を幾つも生み出し、私達のいる方へと放ってくる。けれど、ラスヴェリートの剣が張ったらしき結界が発動し、その全てが空しく闇の中へと消えていく。


『新しき主……、今の私に出来るのは、忌まわしき悪の炎を消し去る事だけ。この空間に仕掛けられている淀みを払うには、貴方の力が必要なのです』


『俺は……、この偽りの世界から、現実に、還りたい。リデリアと結ばれていなくても、本物の彼女が傍で怒っている顔を見る方が、いい』


 向こう側からの攻撃の手を退けながら、もう一度自分に向き直ったラスヴェリートの剣に、セレインは弱々しく答えている。

 理想だけが存在する偽りの夢ではなく、苦しくても、辛くても……、本物の私がいる世界がいいと。その答えを受け取ったラスヴェリートの剣が、暫しの間沈黙を見せた。


『……契約に必要なのは、このラスヴェリートを愛する心です。民を想い、民の為に生きようとする王家の光。ですが、セレイン王子……、貴方の心の中で一番大きいのは、リデリア姫に対する深い愛情の念。それが先に存在する限り、私との契約は成せません』


『当たり前だ……。俺にとってリデリアは、何よりも大事な人なんだ。彼女のいない世界には、何の意味も見いだせない』


「ちょっ!! セレイン!! アンタ何言ってんのよ!! 次期ラスヴェリート王の言う言葉じゃないでしょうが!!」


 王族も貴族も、民の存在があるからその意義を抱いて生きていけるんでしょうが!!

 特に、王家に生まれたセレインは、自分よりも何よりも、この国の民の為にその命を捧げる責務がある。王が民を生かしているのではなく、民が王を生かしているのだから。

 それなのに、わかっていた事だけど……、何を素直に自分の気持ちを示しちゃってるのよ!!

 あの剣が王家所縁の物なら、王に相応しくない言葉を聞いちゃったら、「あっそ。じゃあ契約はなしで」とか言い出す可能性だってあるのよぉおおお!! 

 嘘でもいいから、国と民の為に死にますぐらい言いなさいよぉおおおお!!

 

『そのような事を口にすれば、契約を拒まれるとは思わないのですか?』


 ほらあああ!! 剣がやけに冷たい声で怒っちゃってるじゃないのよおおお!!

 だけど、子犬姿のセレインは訂正を口にはせず、一番大事なのは私だと、徐々に力を抱き直した声音で繰り返している。


「る、ルイヴェルさん……、どうしたらいいのぉ」


「いや、この場合、たとえ王子が偽りの誓いを口にしたところで、剣はそれを見抜くだろう」


「でも、このままじゃ……、剣との契約が」


 契約が成されない場合、あの剣は一瞬でどこかに消える気がする。

 ラスヴェリート王国の窮地を救いたくても、肝心の主候補があれだもの……。

 何だこの変態ストーカー野郎……とか、呆れ果てた軽蔑の音を貰って即さようなら。

 そんな状況になったら本当にどうするのよ!! と、内心不安全開で叫んでいると、セレインがそのぼんやりとしていた青の瞳に確かな光を宿すのが見えた。……セレイン?


『ならば逆に問わせてもらおう。ラスヴェリートに伝わりし宝剣よ、貴方は上辺だけの偽善を語る王を主と認めるのか?』


『……』


『貴方は俺の心を見抜いた上で、この精神世界の奥まで来たのだろう? ならば、最初から答えは出ているはずだ。偽りの言葉を受け入れにきたわけではない、と』


 セレインの指摘が正しかったのか、ラスヴェリートの剣は何かを試案するように沈黙した。

 確かにそうね……。剣は全てを見抜いた上で、私よりも民を思う国王としての姿を示せ的な事を求めたけど、それが無理な事ぐらい……、わかっていたんじゃないのかしら。

 自分で言うのもなんだけど、セレインの私に対する執着と愛情は相当のもの。

 王子としての責任感がないとは言わないけど、セレインが私とこの国を天秤にかけた場合……、残念だけど、私の方を取りそうで正直怖いわ。

 だけど、別の言い方をすれば……。


「セレイン、アンタは私を守る為なら……、『何でも』しそうよね?」


 それは予想でも何でもなく、セレインが心に決めている事に他ならない。

 このどうしようもない男は、己が胸に抱いた唯一つの愛を貫く為ならば……。

 剣と向き合っていた子犬が、私の方へと自信満々の笑みを送ってくる。


『流石リデリアだね。俺の事をよく理解してくれている』


「伊達に長い事アンタに付き纏われてないわよ」


 本当に、あんまりわかりたくないところだけど、セレインの事は手に取るようにわかるわ。

 このお馬鹿な王子様は、自身が定めた唯一人の為なら……、国ひとつぐらい簡単に背負ってみせる。一国の王としての考え方としては駄目駄目だけど、セレインの場合……。


「普通に王様やってるよりも、絶大な効果を発揮しそうよねぇ」


『それは勿論ね!! リデリアが生を受けたこのラスヴェリートの地を、君が暮らすこの国を、命在る限り守ろうって最初から決めてあるよ』


 民よりも私の事を想うセレインは、本当の意味では国王に相応しくない。

 だけど、もしも……、一を守りたいという純粋な想いが、千を守れる力になるとしたら?

 たった一つの一途な想いが、国を、世界を守れる柱になれるとしたら……。


『ラスヴェリートの剣……、俺は、貴方が望む王にはなれない。だって、俺の心はもう、何年も前に、リデリアだけに捧げてあるからね』


『このまま考えを変えず、契約を結ぶ事が出来なければ……、貴方は古の王が残した力を捨て去る事になるのですよ?』


 剣に表情があるわけもない。だけど、何故かしらね……。

 今私の目の前でセレインと向き合っているこの剣は、どこか楽しそうな気配を纏っている気がするのよ。それと、私が不安にならず、何故か落ち着いていられるもう一つの理由は。


「ルイヴェルさん、結果がわかってるって顔、してるわね?」


「そうか? これでも王子の無謀な答えに、ラスヴェリートの終わりを予感して不安を抱えているんだがな?」

 

 嘘ばっかり。普通はもっと大きな不安を抱えて小さくなってそうなものなのに、ウォルヴァンシアが誇るお医者様は、完全にこの状況を楽しんでいる。

 まぁ、あっち側で笑みが消えた不精髭の男の方は……、手を出したいのに、剣が作り出している結界のせいで、イライラしているみたいだけど?

 

『何度聞かれても、俺はこう答えるよ。愛する女性が生まれ、この地で生きていく道を守る為に、俺はこの命と心の全てを、リデリアの為にだけ、捧げるってね』


 まぁ、結局は私の生きているこのラスヴェリート全てを守る気でいるって言ってるようなものなのよね。民や国を一番に想う事は出来ないけど、私を含めた丸ごと背負って生きていく覚悟が、セレインにはある。ラスヴェリートの剣が求めた答えではなかったけど、これでも駄目なのかしらね。

 王としての模範的な解答じゃないけど、一人の為に千を守る覚悟を抱くってのも、なかなかに面白いと思うんだけど。

 それに、何でかしらね……。迷いのないセレインの言葉は、歪んだ愛情で私を縛ろうとした時よりも、素直に心へ届くものがある気がするわ。


(普通じゃない男だけど……、やっぱり、悪い奴じゃないのよねぇ)


 この閉ざされた空間を立ち去らない剣の様子をルイヴェルさんと一緒に眺めながら、私は腕の中で震えを止めている子供姿の方のセレインの頭を撫でた。

 現実でも、夢の世界でも、偽りの世界でも……、セレインは、やっぱりセレインなのね。

 子犬姿の本物のセレインに視線を向けていた子供セレインの顔には、満足げな気配が浮かんでいる。きっと、「よく言った!! 自分!!」的な感じで同感してるのね。


『ラスヴェリートの王子、セレイン……。貴方の答えは決して変わらないのですね?』


『あぁ。変わらないし、絶対に変わらない想いだよ』


『そうですか……。何と申しますか、私を創られた当時の王の答えよりは、まぁ、マシですね。唯一人の女性を愛する想い故に、それが国を、民を守る大きな力となる』


 剣はその場で自身の切っ先を子犬のセレインに向けると、予告もなしにその小さな身体を正面から突き刺した。


「えええええ!? ちょっ、ちょっと!!」


 抜身の刀身は子犬の腹を真っ直ぐに貫いたように見えた。

 容赦なく、しっかりと狙いを定めた強烈な一撃。躊躇いなく殺ったわよね? あの剣!!

 上手くいくと思ってたら、まさかの却下!? 契約不可!?

 一瞬で青ざめるような光景を見せられてしまった私は、用済みとばかりに貫かれたセレインの許に駆け寄ろうとした。だけど、行く手を阻むように子犬の身体から溢れ出した青い光が、私達の視界を完全に閉ざしてしまったせいで……。


「セレ……、インっ!!」


 最後に見えたのは、苦しそうに目を細めて私の方を見つめる子犬の青い眼差しだった。

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