~ラスヴェリート王宮への帰還~
魔術師・シーゼルの視点で話が進みます。
「シーゼル~、一緒にお茶しよ~」
ラスヴェリートの王宮内にある研究施設の一角、
ルイヴェルさんの使用している部屋で寛いでいると、エルゼラさんとノルクさんが訪ねて来ました。
リデリアさんとフィーシュさんは、すでに故郷であるアルパーノ領に帰ってしまわれたんですけど、
私はルイヴェルさんのお手伝いをするという名目で王宮に残っています。
勿論、帰る時は一緒にという事で、エルゼラさんとノルクさんも王宮に留まっています。
「お二人とも、いらっしゃいませ。どうぞ座ってくださいな」
丁度良かったです。さっき女官さん達に頼んでお菓子の用意をして貰ったんですよね。
リーベルの実で作った甘くて美味しいホールケーキ、チルフェートを混ぜて焼いたクッキー。
タイミングバッチリでお茶の準備は整っています。
私はお二人にソファーを勧めると、研究室に常備してあるカップを取りに席を立ちました。
「なぁ、シーゼル。今日はルイヴェルさんはいないのか?」
ソファーに腰かけたノルクさんが研究室を見回して、不在のルイヴェルさんについて口にしました。
「私がここに戻って来た時には、いなかったんですよ。
多分、ちょっと席を外しているだけだと思いますけどね」
一応、体調が徐々に回復しているとはいえ、王子様から危険な兆候が完全になくなるまでは、
ルイヴェルさんはウォルヴァンシアには帰れないらしいのです。
日々、王子様の部屋と研究室の往復ばかり。本当にお疲れ様です。
「また王子様のとこなのかな?」
「他に足を向ける場所も限られてるしな。
それに、セレイン殿下の方も、記憶を失ってから凄い変わり様だしなぁ」
「リデリアの事、綺麗さっぱり忘れちゃってるもんね……。
一応、私達の事は覚えてるみたいだけどさ、リデリアの事は全然……」
「当然と言えば、当然ですけどね」
お茶の入ったティーカップを二人の前に並べ、私もソファーに座ります。
今お二人が話しているのは、リデリアさんによって彼女に関する記憶だけを封じられた王子様についてです。
正確には、ルイヴェルさんの用意した蒼く透き通った石の中に記憶を移して封じたんですけどね。
王子様は記憶がなくなったせいか、塞ぎ込む事もなく日々確実に回復を見せています。
精神的な悩みが消え去ったのだから、当たり前ではありますが……。
でも、私達から見ると、好きな人の思い出を奪われた王子様は……可哀想に思えます。
笑顔を浮かべ、日々を順調に過ごしてはいても、肝心な部分がない。
それは、本当に幸せな事なのか……と。
「しかもさ! なんだっけ、あのガイゼスとかいうおじさん!!
あの人の娘さんが王子様の部屋に入り浸ってるじゃん!!」
「あぁ、あの綺麗なご令嬢な。
まぁ、貴族としては、王子殿下の妃に娘をってのは普通じゃないか?」
「そこだよ、そこ!! なんかタイミング良く娘を連れてきたんだよ、あのおじさん!!
王子様もリデリアの事を覚えてないから、受け身体制オープンすぎるしっ」
「全部忘れちゃってますからね~……。
傍で支えてくれる女性の存在に心を許しちゃってるんじゃないでしょうか」
リデリアさんにベタ惚れだった時の王子様を思い出しますと、物凄く違和感ありますけどね。
でも、彼女が望んだとおりに、王子様は全てを忘れて外の世界に目を向けています。
リデリアさん以外の女性に好意を示し、受け入れようと……。
「なんだか、本当にあれで良かったのかって感じですよねぇ」
「私は見てて鳥肌立ったよ!! なにあの爽やかすぎる笑顔!!
まるで本物の王子様みたいに清廉潔白そうでキラキラしてたよ!!」
「エルゼラ、一応ツッコんどくぞ。殿下は正真正銘の王子殿下だ」
「わかってるよ!! 私が言ってんのは、前みたいな状態じゃないって事!!」
「そうですね~、私が初めて王子様にお会いした時なんて、
リデリアさんに触れているだけでも、恐ろしい黒いオーラ出してましたし、
言葉もいちいち物騒だったというか……。
清廉潔白なんて言葉は無縁でしたねぇ」
あとで王子様が本物の王子様だとわかった時には、
さすがに、あんな怖い性格の人が次期国王なんて何かの間違いじゃないかと思ったものですが。
現実は残酷って本当ですね~。
「でも、今更どうにも出来ませんしね」
「だよねぇ……。記憶の石はリデリアが持ってちゃったし、
もう見てるしか出来ないのかなぁ」
「リデリアが決めた事を、俺達が覆すわけにはいかないしな。
これはこれで、ひとつの運命だったって事で、もう諦めるしかないか」
三人で深く大きな溜息を吐き出していると、ふと、魔力の気配を感じました。
……天井、でしょうか? 何か空間が揺らぐような力を感じます。
――パァァァァァッ!!
「え!? な、なになに!?」
「なんだっ!?」
「転移術です!!」
見上げた私達の頭上に、光り輝く陣が出現し始めます。
それが一度強く発光すると、陣から次々に人が飛び降りてきましたっ。
「る、ルイヴェルさん!? それに、リデリアさんにフィーシュさんっ」
「嘘っ!! なんで!?」
白衣を翻しスマートな着地を見せたルイヴェルさんと、
ドレスを押さえてフィーシュさんと共に無事に着地したリデリアさん。
アルパーノ領にいるはずの彼女達が一体どうして……。
「あ~!! もうっ!! いい加減に離れなさいったら!!」
「り、リデリア?」
急に姿を現したかと思ったら、今度は憤りも激しくリデリアさんが大声を上げました。
エルゼラさんが困惑顔で彼女に声をかけています。
ん? よく見てみると……、リデリアさんのドレスに何かしがみついてますね……。
空色の髪をした……男の子、でしょうか?
その子をぐわしっと抱き上げたリデリアさんが、
「いつまで子供の特権利用しようとしてんの、よぉおお!!」
――ドスゥウウウン!!
凄いです。リデリアさんが両手を使って男の子をぶん投げました。……ノルクさんに向かって。
多分、彼に当たるように投げたわけじゃないんでしょうが、見事に彼の身体にクリティカルヒットで当たりました。
反動でソファーに後ろから倒れ込んだノルクさんの口から心なしか魂が抜け出ているかのような……。
多分気のせいですね。
「いってぇ……、いきなり何するんだ、リデリア!!」
「え? あぁ、ごめんなさい、ノルク!!
ちょっとセレインがしつこすぎて……」
「「「セレイン?」」」
ノルクさんの身体から起き上がった男の子が、こちらを振り向きました。
青く宝石のような瞳、賢そうな顔立ち……、リデリアさんは、この子の事を見て『セレイン』と言いましたよね?
でも、セレインといえば、王子様の事なわけで……、だけど、王子様は今も王宮で平穏にお過ごしで……。
あれれ? 一体どういう事なんでしょうか。
「酷いなぁ、リデリア……。
俺はただ、何かあってはいけないと思って……」
「嘘も大概にしなさいよ!! 私に引っ付きたいだけでしょうが!!
この変態!! 大嘘付き男!!」
「お前達、少し落ち着け。シーゼル達が驚いているだろう」
怒りの治まらないリデリアさんに、ルイヴェルさんが肩を軽く叩いて宥めます。
そして、状況が把握出来ていない私達に座るように促し、親切な説明を始めてくれました。
どうやらルイヴェルさんは、席を外したかと思っていたら、遥か遠くのアルパーノ領まで行っていたそうなのです。
転移術を行使している段階で、まぁ、ちょっとそこまで感覚なのかもしれませんが、正直吃驚ですよ。
「……というわけで、その子供は正真正銘のセレイン・ラスヴェリートで間違いない。
俺が記憶を石に移す際に、推測でしかないが……とある干渉が入り、王子の意識までが入り込んだ」
「じゃ、じゃあ、本当にこの子……、王子様なの?」
「石が人になるのも信じられねぇけど……、
まさか殿下の意識までがリデリアにくっついて行ってしまっていたとはなぁ」
「本当に、奇跡ですねぇ……」
――変態ストーカー愛の奇跡。
多分、今この場にいる全員がそう思いましたよね。
原因はわかりませんが、奇跡さえも味方につけてリデリアさんの許に行っちゃうなんて……。
王子様のリデリアさんへの愛って、本当に面倒極まりないぐらいに深いんだなぁ。
今もちゃっかりリデリアさんの隣に座ってじゃれついてますし……。
「私も最初セレインが口を滑らせた時には、吃驚したわよ……。
石が子供の姿になるだけでもインパクト強いのに、まさか本人だったなんて」
「王子様らしいっていうか、……ははっ、本当、リデリア、ドンマイ」
「殿下のしゅ、ごほんっ、リデリアへの愛が成した奇跡ってやつなのか?」
「もし、ストーカーの奇跡なんてものが存在したら、俺は術師としての自分の腕に自信を失くすな。
まぁ、リデリアを想う強い気持ちが影響した可能性はあるが、
その奇跡の要を担ったであろう存在が、王子の中に在る事だけは確認した」
「ラスヴェリートの結晶ね……」
ルイヴェルさんの言葉に、リデリアさんが頷いてそう言った。
私とエルゼラさん、ノルクさんが聞きなれないそれに首を傾げる。
ラスヴェリートの結晶とは……一体。
どこかで聞いた事があるような気もするのですが、今いち記憶を掘り起こせません。
「まだ確定ではないが、これから先、その存在が大きく関わってくる可能性がある」
ルイヴェルさんの眼鏡の奥の深緑が、話を始めようとすぅっと細められました。