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夢の中まで一途な溺愛王子様と公爵令嬢の憂鬱  作者: 古都助
第三章~ラスヴェリートの結晶~
45/89

~記憶の子供と謎~

アルパーノ公爵領に無事に帰還したリデリア。

平穏な日常がやっと戻ってきた……。

そう思ったのも束の間。




「……んっ」




心地よい闇、柔らかなランプの灯が照らし出す寝台の中。

私は自室での穏やかな眠りに身を任せていた。

長らく留守にしてしまっていた私の部屋だったけれど、

メイド達がしっかりと掃除をしてくれていたお蔭で、帰還後も前と変わらずゆっくり眠れている。

しかし……。





――グイグイ。




「おねーちゃん、おねーちゃんっ」



「んっ……、んん、ふあぁ……、また、なの?」




この半月で慣れてしまった幼い男の子の声、

時と場所を選ばず、たまにこうやって私に構ってもらおうとするのよね。

勿論……、アルパーノ公爵家の屋敷の子供ではない。

町の子供でもない。この子は……。




「『セレイン』、今は皆寝ている時間なの。

 貴方も元の姿に戻ってゆっくり休みなさい」



「やだっ、おねーちゃんと一緒がいい」



「もう……」




私が今、男の子を呼んだ名前は、間違いなく『セレイン』……。

どこかの誰かと一緒で、空色の髪をもち、宝石のように美しい青を宿す瞳をした小さな子供。

この子は……、『セレインの記憶』だ。

私がルイヴェルさんにお願いして、王都にいるセレインから抜き取ってもらった『私との記憶』。

セレインとの長年の因縁に終止符を打つべく選んだ選択。

私が別れを告げ王都を去れば、アイツは間違いなく情緒不安定の上、歪みに拍車をかけてしまうだろう。

だから、セレインの心を縛る私という存在を排除し、正常な状態に戻す事にした。

私との記憶さえなければ、アイツは立派な王子様として、これからの人生を歩んでいけるから。

そう考えて、ルイヴェルさんに記憶を封じて貰った石を私が一生持っている事に決めたんだけど……。




「(なんで、子供の姿になっちゃったのかしらね?)」



「おねーちゃん、だっこ~」



「はぁ、……はいはい」




小さなセレインを抱き上げて、私の寝台に入れてやる。

ぎゅうっと腕の中にしがみつき、甘えるように頬ずりをしてくる子供。

この子は、私がこの屋敷に帰ってから三日ほどは、ただの青く透き通った石だったのだ。

なのに、ある晴れた昼下がりの午後、急に石が震えだしたかと思うと、

目の前に可愛らしい小さな男の子が現れるという衝撃的な出来事が起こった。

勿論、急いでルイヴェルさんに連絡したわ。

前に貰ったアメジストのイヤリングに、連絡用の通信機能を付加してもらっていたから、いつでも連絡可能。

だけど、事情を説明したところ、




『石が子供に?

 ……俺の魔力で記憶を石に移した際に、何か余計なものでも付いてきたか。

 まぁ、害はないだろうから可愛がってやれ』





以上、無責任なウォルヴァンシアの王宮医師様のお言葉よ!

記憶が石と上手く定着していない可能性があるから、

それが落ち着くまでは不思議な事が起こるのかもしれない、とかなんとか言ってくれちゃって、

完全放置されちゃったのよ!

まぁ、ルイヴェルさんは王都のセレインの治療で忙しいから、仕方ないのだろうけれど……。

幸いな事に、この小さなセレインは記憶を封じ込めてある石であるはずなのに、セレインとしての記憶はない。

その代わりに、私のことを好きだという気持ちだけが強く宿っているようで、時々現れては甘えようとしてくる。

小さな子供だから、別に迷惑というわけじゃないわよ?

可愛いし、変態的な発言はしないし、本当に無垢な子供なの。

顔は幼い時のセレインなんだけどね。




「ほら、早く寝なさい。大きくなるには睡眠が大事なのよ。ふあぁぁ」



「うんっ」




私に抱き着いて眠れる事が嬉しいのか、小さなセレインは嬉しそうにはにかんで目を閉じた。

こうやって見ていると、不覚にも可愛いって思えちゃうのよね。

空色の頭を優しく撫でてやると、気持ちよさそうな寝息が聞こえ始めた。

この子はセレインの記憶を抱いた石、だけど……アイツじゃないのよね。

私は母親の代わりをするように子供を優しく抱き締めると、この不思議な感覚と共に眠りに落ちていった。












――数日後・午後 アルパーノ公爵家。




「しかし、本当にリデリアお嬢様に、よく懐いていますね~」




子供が好みそうな果実が盛りだくさんのデザートのアイスクリームをテーブルに乗せ、フィーシュがその背を屈めた。

テーブルの前、椅子に座る私の膝の上には、デザートをキラキラした瞳で見つめる小さな男の子が座っている。



「おねーちゃん、食べていい?」



「アンタの為にフィーシュが持って来てくれたのよ。

 ちゃんとお礼を言ってからね?」



「うん! おにーちゃん、ありがとう!!」



「ははっ、お利口さんですね~。さぁ、どうぞ」



「いただきまーす!!」




子供らしい素直な笑顔に、私もフィーシュも美味しそうにデザートを食べる子供に和ませられる。

最初は、石であるこの子が人間の食べ物を食べられるとは思っていなかったのだけれど、

ご覧のとおり、育ち盛りの子供そのもの。パクパク平らげる様は人間の子供となんら変わりない。




「ところでフィーシュ、この子の事だけれど……」



「大丈夫ですよ。まだ旦那様にはバレていません。

 今日も朝からご友人の方々とお出掛けになられましたし」



「そう。……良かったわ。

 お父様に見つかったら、説明が面倒だもの」



「ですが、いつまでも隠し通せるものではない気がいたしますが……」



「そうよね。この子も好奇心旺盛だし、すぐ外に行きたがるものね……」




先日も人の姿をとった際、この小さなセレインは庭に行きたいと駄々を捏ねたのだ。

幸いなことに、お父様はお出掛け中だったから、なんとかなったけど……。

これから先を考えると、隠し通すのは難しいわよねぇ。

ずっと石でいろなんて、こんな子供には言えないし……。

あぁ、本当に、どうしようかしら……。





――コンコン。




小さなセレインの事で云々と唸っていると、ふいに部屋の扉がノックされた。

メイドかしら? でも、それなら声をかけるはずだし……。

フィーシュが扉に向かい、物言わぬ訪問者を確かめようとノブに手をかける。




――ギィィィ……。




「うわっ!! だ、旦那様っぁああ!?」



「え?」




悲鳴と共に聞こえたのは、思わぬ人物の呼び名だった。

ひやりと、嫌な汗が肌を落ちていく。

フィーシュが飛び退き、慌てて頭を下げたその相手は……。




「お、お父様……!?」




前を塞ぐフィーシュが退いた後、私の父であるアルパーノ公爵が、

やれやれといった表情で扉を通り抜けてきた。

外出用の貴族服を纏った、品の良い優しそうな顔立ちをした紳士の印象を与えるお父様。

……って、ちょっと、ちょっとー!! なんでお父様が今ここにいるのよ!!

私の傍に膝を着き、膝の上でデザートを頬張る無邪気な子供をじっと見つめる。




「リデリア、最近お前の様子がどこかおかしいとは気付いていたけれど、

 ……さて、この子は、『誰』かな?」



「お、お父様……その、この子は……」



「り、リデリアお嬢様のご友人のお子様なんですよ!!

 今、ご両親が忙しいらしくて、たまにお預かりを」



「フィーシュ、私が聞きたいのは、『本当の事』だよ?」



「あ、あわあわわっ」




にっこりと爽やかに笑ったお父様だけど、……目が笑っていない。

公爵領を纏める領主であるアルパーノ公爵……。

勿論、見た目どおりの優しそうなおじさん、などではありえない。

今でこそ、このアルパーノ公爵領で平穏に暮らしているけれど、

私が生まれる前は、王宮でもキレ者の公爵様だったと、お母様が言っていた気がする。

だから、そのお父様の前で『嘘』を吐くという事は、……無意味な事なのだ。




「可愛い私のリデリア。お父様はね、責めているわけじゃないんだよ。

 ただ、ちゃんと説明をしてほしかったんだ。

 でないと、何かあった時、私達がお前の助けになれないだろう?」




「ご、ごめんなさい。お父様……。

 あの……この子は……」




何と説明すればいいのかしら……。

他所から預かった子というのはさっき駄目だったし、

うーん、捨て子を拾ったという設定も無理があるし……。




「もう一度言うよ、リデリア。

 お父様はね、『本当の事』以外は、聞かないからね?」



「うっ……」



「ねー、おねーちゃん、このおじちゃん、誰~?」




お父様の真剣な眼差しに困惑していると、

デザートを食べていた小さなセレインがスプーンを置いて、

くるりと振り返った。

急に部屋に入って来たお父様に興味を抱いたようだ。




「こんにちは、おじちゃん!」



「はい、こんにちは。……ん?」



「ど、どうしたの、お父様?」




真正面から小さなセレインを見たお父様が、

そっと、その小さな身体を抱き上げ自分の腕に抱えてしまった。

顔をしっかりと観察し、信じられないものを見るように息を呑む。




「……セレイン殿下?」



「――!?」



「リデリア、どういう事だい?

 この子は、幼い頃のセレイン殿下に瓜二つだ。

 髪も、瞳の色も……、まさか」




小さなセレインを絨毯の上に立たせると、私の両肩を掴んでグイッと怖い顔で迫ってきた。




「まさか!! セレイン殿下との子供じゃないだろね!?

 いや、お前は嫌がっていたし、万に一つの可能性もないけれど、

 だがしかし!!」



「そんなわけがないでしょう!! 何を言ってらっしゃるの!!!!」



「ふっ、冗談だ。相変わらず反応が素直な可愛い娘だね」




ガクッ……。

こんな時に、何を人をからかって遊んでいるのかしらね、この父親は。

どんなに真剣な状況でも、時々こうやって真顔で悪ふざけをする事があるので、

こちらとしては困りものよ、まったく……。

でも、ここまで気付かれちゃったら、もう話すしかないわね……。




「わかったわ、お父様。

 ちゃんと全部話します」




私は耳にしているアメジストのイヤリングに触れると、

フィーシュに追加のお茶を頼んだ。









……………………………。








『……で、お前の父親に説明する為に、 俺に連絡を取った、と?』




テーブルの上に置いたアメジストのイヤリングが、

その頭上に遠く離れた地にいるルイヴェルさんの姿を映像として映し出した。

私だけだと上手く説明できるか自信がないし、

専門家のルイヴェルさんに協力してもらうのが一番だもの。

でも、どうやら仮眠でもとっていたらしくて、前に聞いた時よりも声が低かった。




「休んでいるところをごめんなさいね。

 ちょっと、お父様に小さなセレインの事がバレてしまって……」



「リデリア、こちらは?」



「今、ラスヴェリートの王宮で、セレインの治療にあたってくれているお医者様よ。

 ウォルヴァンシアの王宮医師でもあるの」



「ウォルヴァンシアの……」




お父様も、ウォルヴァンシアの王宮医師の事は知っていたらしくて、

感嘆の声と共に、ルイヴェルさんに挨拶を向けた。





………………。





「なるほど……。つまり、この子は、『セレイン殿下の記憶』、なのですね?」



『あぁ。俺が王子の記憶を抜き、石に封じ込めた。

 だが、何らかの要因により、王子の幼い頃の姿をとり今の状態へと変化した』



「本当に、幼い頃の殿下にそっくりだ……。

 しかし、リデリア。殿下の許可も得ず、何故そんなことをしたんだい?」




ルイヴェルさんの話を聞いたお父様は、もう一度小さなセレインを抱き寄せ、私に視線を寄越した。

そうよね、仮にも王族の記憶を勝手に奪うなんて、不敬罪どころの話じゃないわ。

だけど、セレインの心に私という存在が居座っている以上、アイツは外に目を向けない。

それどころか、私と二度と会えなくなった事で、その心は確実に崩壊してしまう。

ひび割れて虚無に支配されるか、歪みと狂気を育て本当に狂ってしまうのか……。

そのどちらの危険もあったから、私は記憶を封じる道を選択した。

私達が出会う前の、何もなかった状態に……。

それと伝えると、お父様は悲しそうな顔をして、ゆっくりと首を振った。




「リデリア、お父様はね、それは間違っていると思うよ」



「お父様……」



「心の痛みも、喪失も……、殿下が自身で背負うべき傷だ。

 たとえ苦しくても、生きて行くのが辛くとも……、

 お前が勝手に消していいものではないよ」



「でも……、あのままじゃ、セレインが……」



「確かに、お前との記憶を失った事で、殿下は傷を忘れる事は出来ただろう。

 けれど、それは同時に、殿下を永遠の迷子にさせてしまったのではないのかい?」




迷……子?

私の事を忘れたセレインは、今だってちゃんと順調に回復している。

余計な記憶がなければ、外に目を向け、新しい世界を見る事だって出来るじゃない。

それの何が悪いの……。私との記憶を持っている方がセレインの人生を狂わせてしまうのに。

ぐっと手のひらを握りしめ唇を噛み締めていると、小さなセレインの表情が怒ったものに変わった。




「リデリアのせいじゃない!!」



「……え?」




お父様の腕の中で小さなセレインが、急にバタバタと手足をばたつかせ、

その腕の中から抜け出そうと暴れ始めてしまった。

一体急にどうしちゃったの、この子は!?

しかも、私の事を今、名前で呼んだわよね!?

絨毯の上に飛び降りた小さなセレインが、とてとてと駆け足で私の前に走ってくる。




「リデリア、リデリア!!」



「セレイン? ……」




必死に両手を伸ばして、私のドレスを鷲掴んで名前を叫ぶ。

この半月、ずっと私の事は「おねーちゃん」としか呼ばなかったのに……。

膝を着いて、小さなセレインを身体を抱き寄せてやると、ぎゅうっとしがみ付かれた。




「リデリアは悪くない!!

 僕の、せいっ。僕が……『俺』が悪いんだっ」



「これは一体……」




これは……、『誰』……なの?

大泣きしながら、何度も私は悪くないのだと必死に言い募る小さな子供。

『セレインの記憶』を移した石が変化した、小さなセレイン……。

子供の姿をとっている時は、記憶がないはずなのに……。




「セレイン、アンタ今……、『俺』って言ったわね?」



「……あ」



「……」




私とお父様、映像の向こうのルイヴェルさんの冷たい眼差しが、小さな子供に据えられる。

その視線を受けて、急に泣き止んで、失言でもしたかのように口に手を当てた小さなセレインが、

そろーり……と、私のドレスから手を離した。

ゆっくりと扉に向かって逃げるように駆け出そうとしたところを、

グイッ!! と襟首を掴んで引き戻す。




「アンタ……、記憶がないはず、よね?

 今までは『僕』って言ってたのに、どうして急に『俺』、なのかしら?」



「お、おねーちゃん!! 僕、そんな事言ってないよ!!

 ただ、おねーちゃんを、あのおじちゃんから守りたくて!!

 って、イタッ!!」




問答無用で、べちんとその頭を叩いてやった。

今更取り繕ったって遅いわよ!!

さっきの発言といい、この動揺具合といい……。

信じたくないけど、私は一つの可能性を口にした。




「ルイヴェルさん、まさかと思うけど……、

 セレインの意識まで記憶と一緒に移しちゃった可能性はない?」



『俺は記憶だけを移したつもりだったんだがな……。

 人の姿をとったと聞いた時、もしやと思ったが、やはりそうか』



「なんでそういう重要な事をあの時言ってくれなかったのよ!!

 私、それを知らずに、寝台で一緒に眠ったり、甘やかしたりしちゃったのよ!?」



『いい子育ての経験になっただろう。

 しかし……、そこにいるのが本物の王子の意識だと仮定すると、

 やはり、今王宮で動いているのは……』




「……石の中にいる間、ずっと感じてた違和感があるんだけど、

 俺の意識は、完全じゃない気がするんだよね。何か足りないっていうか」

 




私にがしっと掴まれているセレインが、子供の口調から大人のそれへと変化させた。

意識が完全じゃない……? どういう事なの……。

セレインも幼い顔つきに似合わない難しい表情を浮かべているし……。

ルイヴェルさんもまた、同じように顎に手をあて思案しているようだった。

セレインの我慢がきかなくて、色々急展開!

記憶を抜き取った際、なぜか一緒に意識まで石に移されてしまったようです。

つまり……、石になってもストーカー……。

恐ろしい王子様がいたものだと思う一瞬でございます。

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