『あいたいひと』 お題:星空
ふわふわ、ふわふわ。
わたしはお空をとんでいる。まわりにはきれいなお星さま。
いっぱい、いっぱい光ってる。
おかあさんがいってたんだ。人はしぬとお星さまになるって。
だから、このお星さまのどこかに、きっとわたしのおばあちゃんがいる。
あいたいの。
おばあちゃん――
「ああ……やっと、みつけた」
店主はほっと息を吐いた。もう薄暗くなってきた空の下、河原の土手でうずくまる小さな少女。その腕の中から、そっと小瓶を取り上げる。
とたんに少女はぱちりと目を開いた。きょろきょろと見回して、最後に店主を見上げてくる。
「ふぇ……ッ」
「待った! たのむから泣かないで、いい子だから」
店主はあわてて笑顔を見せる。少女は小さくしゃくりあげながら、じりりとうしろへおしりをずらした。こちらを不審者と思っている――のでは、ない。
「だいじょうぶだよ、怒ってない。怒ってないから、逃げないでねー」
しゃがんだまま手を後ろへ回す。「絶対に手を上げない」という意思表示を、幼いながら汲んでくれたようで、少女は鼻をすすり上げつつうなずいた。
「……ご、ごめんなさい……っ」
「悪いことだっていうのはわかってたんだね。それでも、これがほしかったんだ」
片手だけ前に。小さな瓶に入っているのは透明な、中心近くに年輪状の模様のある球体だった。
レンタル専用のこの『フェアリー』は、ちょうど今日の昼頃、前の客から返却されたところだった。それをうっかり――という点では店主の落ち度でもあるのだが――カウンターに置いてほんの少しの間目を離したところ、いつの間にか消えていた。
その犯人がこのおチビさんだったというわけだ。探索の手段はいろいろと持ち合わせていたが、実際に見つけるまではさすがに肝が冷えた。
「どうして持っていったの? お兄さんに教えてくれるかな?」
単純に「きれいだから」と持っていったのか。それとも、『これ』の意味を知っていたのか――
「あのね、おじちゃんたちのおはなし、きいてたの。し、しんじゃった人と、おはなしできるって……!」
真実は、後者だった。多少の誤解は含んでいたものの。
フェアリー『ファントムクォーツ』。それに対価を払った者は、望みの夢を見ることができる。ただし、店に置いている中で最も気むずかしく、扱いづらいフェアリーだ。もしもひとつ間違えて彼女の機嫌を損ねてしまったら。
夢の世界から、帰ってこられなくなる。
「君にもお話ししたい人がいたの?」
「……おばあちゃん」
少女の目に大粒の涙が盛り上がった。それだけで、想いは充分伝わってきた。
店主はそうっと少女の近くまで移動する。ハンカチを差しだすと、少女はとうとう、くしゃりと顔を歪めた。
「おばあちゃーん……っ」
「そっか。おばあさんが亡くなったんだ。大好きだったんだね」
「ん……だいすき……」
「それで、おばあさんには会えた?」
少女はこくりとうなずいた。
「おはなし、は、でき……かった、けど、て……ふって、くれ……っ」
「それなら、良かった」
店主はごしごしと少女の顔をふきながら、耳元に顔を寄せた。
「いいことを教えてあげるよ、お嬢さん。『これ』で夢を見られたのなら、おばあさんはいなくなってなんかいない。ちゃんと『ここ』にいるよ」
とん、と少女の胸をたたく。
少女はぱっと顔を上げ、それから自分の胸を見下ろした。
「ここ……?」
「そう。ここに大事な人がいなければ、『ファントムクォーツ』も会わせることはできない。逆に言えばね、いつでもいるんだよ。おばあちゃんは、君の中に」
「……」
「ちょっと難しかったかな」
苦笑した店主をしばらくの間じっと見て。
突然、少女はぴょんと跳んだ。
「ありがと……おじちゃん! おじちゃんも、すき!」
「おじ……うん。まあいいやもう」
飛びついて首に腕を回してきた少女の背を、店主はぽんぽんとたたいてやった。そうして空を見上げれば、ぽつり、ぽつりと星明かりが浮かんでいる。
「さて、気が済んだなら、そろそろおうちに帰ろうか。お母さんが心配してるよ」
「うん!」
少女は店主から離れた。
涙と鼻水で汚れてはいたが。店主に向けた少女の笑顔は、星のように輝いていた。
END