『告白』 お題:そしてある日の夕暮れに
りん、と扉を開ける鈴の音が響き、店主は椅子を立ち上がる。
「いらっしゃいませ」
「……こんにちは」
おずおずと入ってきたのは、数日前のお客だった。気の弱そうな、線の細い少年。中央地区の中等学校の生徒というのは知っている。彼はその手に、この店で扱っている瓶を握っていた。
「おや、どうされました」
開きかけた少年の口は、またすぐ閉じた。何度かそれをくり返す間、主人はにこにこと待っていた。
そして、少年が顔を上げる。
「あの! これを……お返ししたくて!」
先日売ったはずの瓶をさしだされた。店主は首をかしげた。
「こちらの『フェアリー』、お気に召しませんでしたか」
「あ……! いえ、そうでは、なくて……」
語尾がしゅるしゅるとしぼんでいった。おやおやと苦笑して、店主は彼に歩み寄る。
「お役に立ちませんでしたか? フェアリー『ジャスパー』は」
瓶の中で、暗い紅の球体がわずかに光を放った。それが不満の表現とわかってはいるが、ここはひとまず置いておく。
「いえそんな……すごく効果はあって! おれ、彼女にちゃんと告白できたんです! こいつのおかげなんです! だけど……っ」
「だけど?」
「わからなく、なって……おれ、こいつにたよっちまって、よかったのかなって……」
うつむきがちになった少年から、店主はそっと瓶を受け取った。
「『ジャスパー』には精神力を高める効果があります。あなたはその力を借りて、告白を成功させた――けれど、そのことに納得いかなくなってしまった?」
少年はかあっと赤くなった。こくり、うなずいて、また声を小さくする。
「今日これから、彼女の返事をもらえるんです。だからそれは……ひとりで、聞きに行きたくて。だけど、こいつを手元に置いておいたら、また、たよりそうで」
「ええ、ええ。わかりました。かまいませんよ」
主人は瓶に「おかえり」とささやいた。それからぽんぽんと少年の肩をたたく。
「お引き取りしましょう。お代はお返しできませんが、それはよろしいですか?」
「! も、もちろんです」
「それでは、この後の幸運を。……ああ、それとあとひとつ、よろしいですか」
「はい?」
フェアリーの瓶を少年の前に。すると『ジャスパー』が、ちかちかと微かに輝いた。
「『がんばって』――だ、そうですよ」
「えっ……」
「ところでお時間はだいじょうぶですか? お相手を待たせるようでは、それこそまずいのでは?」
あっと声を上げ、少年はあたふたと店を飛び出していった。
店主も戸口を押し開けて外へ出る。見上げれば見事な夕空が広がっていた。その色はジャスパーともよく似ている。
「残念でしたね。最後まで見届けられなくて。……いえいえ彼ならだいじょうぶでしょう。ひとに、何かにたよりたくないと、決意できるほどの強い子ですよ。ふられたとしても立ち直ります。……え? 『縁起でもないことを言うな』?」
店主は朗らかに笑った。
店のドアが閉まる。りん、と鳴った金色の鈴も、今は夕焼けの色を映していた。
END