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『きもだめし』 お題:休日の過ごし方


 見上げれば、ぼうっとたたずむ影があった。少年はぺたりと地面に座り込んだまま動けない。

 いっしょに来ていた初等部のクラスメイトはふたりとも逃げてしまい、他に人の気配もない。ただひとり――目の前の人影の他は。


「おや、君は……?」


 人影は不思議そうに言って、もう一歩前へ出た。

 それを見た少年は大きく安堵の息を吐く。日の当たる場所まで出てきたのは普通の人間だった。あやしげな黒ずくめの服装と、珍しい黒髪であることを除けば、ただの年若い男だ。

「え、ええと……」

「もしかして南地区の初等学校の子かな? この辺りはあまり治安が良くないよ。早くお帰り」

「――あの! おじさん!」

「おじっ……」

 微妙な顔をされたが気にしない。少年は一気にまくしたてた。

「おじさんはだれですか? ここのおうちで何をしてるんですか? このおうち、おばけがいたりしないんですか??」

 ずいぶんと前から初等部内で『おばけやしき』と呼ばれているのがこの家屋だった。だから友だちと真相を確かめに来たのだ。ここで逃げたらオトコがすたる。

 と、黒い男は膝を折り、にこりと笑って首をかしげた。

「ここはお店だよ。今日はお休みだけど」

「おみせ?」

「他にはあんまりないものを扱っていてね……それをおばけと見間違えた人がいるのかもねー」

「何があるの?」

「よければ見てみるかい?」

 少年はこくこくとうなずいた。誰も知らなかった『おばけやしき』の正体が明らかになろうとしている。これはクラスのみんなに自慢できそうだ。

「それじゃあどうぞ。小さなお客様」

 木製の扉が大きく開かれた。しかし中はまっ暗で何も見えない。

 ――いや。

「!? ひっ……」

 ぼんやりと青白い光がともった。ひとつ、ふたつ、みっつ。どんどん、どんどん増えていく。

「どうかした? ……何か、見える……?」

 耳元で男がささやいた。ぞっとして硬直する少年の前で、たくさんの光はゆらりと揺れて、突然ぱっとフラッシュした。


「うわあああああああああっ!!」


 少年は逃げ出した。その後ろ姿を、黒髪の店主は目を細めて見送っていた。

「ウチの商品は、君にはまだちょっと早いかな。……おや」

 店主は店内に視線を戻す。ちかちかと明滅する光は面白がっているかのようだ。

「いい暇つぶしになった、か。それはよかった」

 話しかけているのは可笑しげに跳ねる光に対して。

 そうして彼も明るく笑った。


「そうだね。たまにはこういう休日も悪くないかな。いつもとなったら面倒だけど」


 かすかに葉擦れのようなざわめきが広がった。それが笑い声であることは、店主だけが知っていた。


                                    了



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