Ever -想いを込めて-
気がつくと、目の前を一枚の花びらが通り過ぎた。
その花弁の舞い落ちるその先を見るとそこには季節外れな桜が咲き乱れている。
辺り一面、桜並木だった。
私は誰だろう。ここはどこだろう。
考えているつもりなのに思うように頭が働かない。
もうろうとした意識の中、足だけは明確な意志をもってこの桜並木の間をゆっくりしかしリズムよく歩いていた。
周りを彩るほんのりピンクに染まった桜から目を離しこの一本道の先を見ると、たった一本、より美しくピンクに光る桜が存在していた。どうやら、あれが終点らしい。
歩き進めるにつれて、その桜は少しずつに輪郭を現した。
「枝垂れ桜・・・・・・」
はっきりと姿を見る事が出来たのは、その200mほど前だ。
それを見るとなぜだか、私の胸は締め付けられた。
(近づいては、だめ・・・)
それでも、私の足は、私の意志とは反対にリズムを刻み続けた。
ふと、ピアノの音がぽーんと弾む。
それを合図に、次々に旋律乗った音楽がぐるぐると頭の中を巡った。
その音楽は音階もリズムも歌詞さえも鮮明に流れたが、曲名だけが浮かばない。
よく考えてみると、こんなにも鮮明に流れている音楽は、私が聞き馴染んだ歌ではない。
しかし、知らない音楽でもない。・・・そうだ、確かあれは朝のニュース番組だ。ボーかロイド特集という企画の中で流された曲だ。
私の中で、たった一度だけ聞いたあの曲が何度も聞いた親しみの曲であるかのように旋律を奏で、それにつられて私も少し声に出して口ずさむと不思議なことに次々と歌詞のあるメロディーが歌になって響いた。
「そう、ここは現実じゃないの」
歌を止めてそうつぶやいたが、その言葉はあの歌のようには響かなかった。
空を見上げるとまんまるな太陽が今にも夕日になりかけているのがよくわかる。
先を見つめれば枝垂れ桜はもうすぐそこだ。
「「待って」」
空から声がした。
たった一言が何重にも空に響いて、リズムを刻み続けた足もすぐに歩みを止める。
ぱっ、と何かが頭をよぎった。
脳裏を彷徨っていたメロディの代わりに、ひとりの顔と思い出が頭の中を埋め尽くす。
それは、大好きだった彼とその彼との大切な思い出だった。
幼馴染みの彼に私は恋をしていた―――。
しかし、こういうのは大抵上手くいかないもので、私が気づいたときも、もう遅かった。彼は私が私の中の想いに気づく前に、他の人と心がつながっていたのだから。
誰もが羨ましがるような、理想のカップル。別れるなんて想像もできないくらい。
だけど、私はいつまで経っても彼の事が忘れられなかった。彼以外は何もいらないほどだった。
誰に恨まれてもいい、どんなに性格が悪いと言われてもかまわない、だから、どうか別れて、私のものになって。そして、私だけにその笑顔を見せて・・・。
そんなくだらないことを何度考えただろう。
彼女と別れたとしても、自分のに振り向いてくれる訳ないなんて事はわかっていたけれど、それでもそう思わずにはいられなかった。
たった1パーセント確率でも願い続ければ何かが変わるかもしれないと、淡い期待なんかして。
そんな期待は当たり前のように裏切られ、やがて、誰もが想定した通りふたりは結婚した。心から祝えなかったのは私だけ。
「そう」
私はまるで他人の失恋話を聞いた後のような気分に浸った。
記憶を少し取り戻して満たされるはずの私の心は、飲み終えたラムネの瓶ににビー玉を転がしたときのようにコロンと音をたてる。けれど、響かなかった。
辺りには地に落ちた桜がピンク色に、広がっている。
「桜の花びらも、私と同じね」
その言葉に反応したように、びゅうっと音をたてて風が吹き地面いっぱいの桜が舞い上がった。
そして、私はその桜を追うように視線を上へと移していく。
途端――、
桜に導かれるように上げた瞳に、夕暮れの空と黄色い桜映った。
「枝垂れ桜・・・?」
夕焼けに映えた、枝垂れ桜は今までとはまるで違う輝きを放つ。
その姿に、私はしばらく目が離せなくなった。
きれい、でも、すごい、でも表現し切れないこの桜にもはや褒め言葉は必要なかった。
この桜は、こんなにも簡単に色を変えてしまう。
どうしてだろう、桜はあんなに綺麗なピンクを黄色に変えてしまったと言うのに、驚くほど強く輝いている。
「・・・変わらなくちゃいけないのは私の方ね」
やっと言えた、敗北宣言はこの夕暮れの空には響かない。
黄色く輝く枝垂れ桜にそっと背を向けると今まで見ることの無かった後ろの空はまだ濃い青に染まっていた。
その空を目指すように、私は一歩踏み出した。
-end-
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