表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

第一話

 次に気が付いたら森の中だった。


 あの不思議空間での出来事は、どうやら夢では無いらしい。

 何せ、狸の様な顔をした獣が、二足歩行で俺の目の前を横切っているのだから。


 どうやらこちらに敵意は無い様で、鼻をひくつかせながら周囲の様子を窺っている。

 狩りの最中なのだろうか。


 しばらくの間、俺はその不思議生物の様子を見ていた。

 が、その姿が見えなくなってきた辺りで、ある事に気付く。


「俺、どんな加護を貰ったんだ?」


 そう、あのけしからん乳の女神は、あの後何の説明も無く俺を送り出したのだ。

 人の事を無価値だとか笑顔で言う辺り、顔は良くても中身は最悪だ。

 復讐がてら、夜のオカズに使用してくれるわ。くけけ。


「まぁ、冗談はさておき」


 さて、まずは状況把握だ。

 今自分がどこに居るのか。

 どういった力を持っているのか。

 それらを知らずに動き回るのは得策とは言えない。

 何せ、あの女神が先に送り込んだ強者ですら、この世界で死んでいるのだ。

 慎重に慎重を重ねても足りないだろう。


 まずは自分の身なりを確認する。

 服装は元の世界に居た時と同じ、ただのジャージ姿だ。

 もしかすると、このジャージに魔法がかかっていて、物凄い防御力があったりするかもだが、それを確認するのも恐ろしい。

 誰だって痛いのは嫌だ。


 続いて武器。

 何かこう、勇者の剣的なチート武器とか持ってないのだろうか。

 剣なんぞ、一度も握った事は無いが、そこはご都合主義で何とかなるだろう。


 しかし、いくら探してもそれらしき物は見当たらなかった。

 他にも便利なアイテムは無いかとポケットを弄るが、見事に何も無い。


 状況整理その1。

 装備はジャージのみ。武器は無く、回復アイテムすら無し。

 その上裸足ときた。

 これがゲームだったらマゾゲー確定だ。


 武器で戦うタイプではないのか。

 どんな世界に飛ばされたかは定かでないが、魔法なんかは使えるかもしれない。

 俺はそう思い至り、掌を前方に向け魔法を唱える。


「炎よ!」


 ……。

 どうやら違うらしい。

 俺は思いつく限りの魔法を口にしてみるが、一向に魔法らしきものは出てこない。

 何かしらの詠唱が必要だったりするのだろうか。

 ともあれ、それが分からない現状では、俺は魔法を使えない。


「あれ?これ詰んでね?」


 武器も無く、魔法も使えない。

 せめてこの近くに街があればいいのだが。


 周囲を見渡してみるが、鬱蒼と生い茂る草木が広がるばかり。

 時折、鳥の鳴き声の様なものが聞こえるが、その度にびくっとしてしまう。


 状況整理その2。

 今現在の居場所は不明。

 どこに向かえばいいのかも不明。

 ハードモードにも程がある。


 こうなったら、序盤の強制イベントが起こるのを待つとしよう。

 知らない森の中を歩き回るのは怖いし、モンスターにでも出くわしたら最悪死んでしまう。

 ここは無駄に体力を消耗する愚を避け、じっとしておく事にしよう。

 その内、何か起こって何とかなるだろう。


 俺はそう結論付け、その場に寝転がった。




 見通しが甘かった。


 あの後ひと眠りし、結構な時間が経ったはずだ。

 その後も、昨夜見たアニメの一人感想会を脳内で開催。

 俺の中の良識派と過激派が、ヒロインの心理描写について真っ向から対立していたのだが、最終的には、やはりリア充主人公はもげるべきという結論に至り、和睦となった。


 しかし、そんなこの世で最も無駄な時間を過ごしたところで、一向に何かが起こる気配が無い。

 これはやはり、自分から行動しなければならないパターンなのか。


 果てしなく面倒ではあるが仕方ない。

 俺は立ち上がり、適当な方向へと歩き出した。


 まずは食い物を探すとしよう。

 人間、ただ寝ているだけでも腹が減るのだ。


 大きな物音を立てるのは避けるべきと、俺は慎重に道を選んだ。

 道と言っても、アスファルトで舗装されている訳では無い。

 正しく獣道と呼ぶべきだろう。


 時折、腰の高さまである草を静かにかき分けながら進む。

 体感時間ではあるが、1時間程だろうか。

 俺はようやく、木々の開けた場所にある、木造の小屋を見つけた。


 小屋の側面には斧が突き刺さった切り株が見える。

 おそらくは薪を作る為のものだろう。

 その奥には、いくつかの衣服が干してあるロープ。

 間違いなく、ここには人が居る。


 これでようやく一息付けるだろう。

 この小屋に住むのは老人か、はたまた訳あって世捨て人となった美女か。

 いずれにせよ、その人物にこの世界の常識を教わり、尚且つ色々と便宜を図って貰うとしよう。


 俺はその小屋へ近付き、扉を叩いた。


「すみませーん。道に迷ったんですけど、誰か居ませんかー?」


 返事がなければ勝手に上がらせて貰おう。

 女神の加護を得たらしい俺は、この世界にとって勇者と呼ぶべき存在だろう。

 だったら不法侵入も窃盗も許されるはずだ。


 そんな事を考えていると、扉がこちらに向かって開いた。

 扉にぶつからない位置まで下がり、出て来た人物を見る。

 残念ながら、世捨て美女ではなかった。


 とにかくデカイ。2m近くあるんじゃなかろうか。

 顔もいかつく、額に大きな傷跡が見える。

 頭にやの付く職業の人も、顔負けの迫力だった。


 ただでさえ、他人と話すのが苦手なのに、これは酷い。

 即座に逃げ出したくなるが、ここは勇気を振り絞って頑張るべきだ。

 顔は怖いが心根の優しい世捨て人。

 よく考えたら鉄板の設定じゃないか。


「お前、一人なのか?」


 目の前の大男が周囲を見渡しながら聞いてくる。


「はい、気が付いたらこの森の中で。……知り合いともはぐれてしまったんです」


 この世界に知り合いなど居るはずもない。

 が、あの女神を対象とすれば、全部が全部嘘という訳でもないだろう。

 巧く嘘を吐く際には、真実を織り交ぜるとよい。

 これがその成功例かどうかは知らないが、どうやら大男は納得してくれた様だった。


「それは大変だったろう。入んな」


 そう言って俺を小屋の中に招き入れてくれる。

 やはり人間、見た目で判断するのは良くないね。


 何はともあれ、これでようやく食事にありつける。

 後はあれだ、風呂かな。

 久しぶりに体を動かしたせいで、汗をかいてしまった。


 その後はそうだな。

 暖かい布団があれば、贅沢は言わないよ。

 そんな謙虚な気持ちで、俺は小屋の中へと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ