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帰還の蝶【長編・本編執筆済み】  作者: 清水 朝基
第四章 染まりゆく花弁
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兄の手紙

 盛秋の朝、起きて身支度を整えると、侍童達が、次々と箱や盆を運んできた。

 並べ終えて、丁重に礼をする。

「緑玉様。十三歳のお誕生日、誠におめでとうございます。王〈シャー〉より、お祝いのお品にございます」

 絢爛豪華な品々。

 毎年のことながら、その迷いのなさに、背筋がうすら寒くなる。

 これほどの品をあつらえる資金を賄うには、相当な税を徴収しなければならない。ファールサの税制を学んだ今、その意味の重さが、ずっしりと心にのしかかってくる。

 アフシンの入宮の理由。〈薔薇の宮〉に暮らす少年達の顔立ちは、ファールサ人よりも、古くに征服された異民族や異国からの移民が、大半を占めている。

 ファールサはこれまで、改宗を優遇措置として、様々な人々を呑み込んできた。

 マタラムにも食指を伸ばし、膨れ上がった革袋は、いったいどうなろうとしているのか――。

 侍童達と贈り物を仕分け、収納先を指示していると、訪ねる声が、扉の向こうから聞こえた。

 年少の一人が立って行き、誰何する。青年の声が、少し苦しげに呼ばわる。

「〈庭師〉見習いのオミードだ。悪いが、手がふさがっているんだ。開けてくれないか」

 引き開いた途端、大きなかけ声が響く。

 オミードが、重い足取りで、中へと入ってくる。その両腕には、大きな箱が抱えられていた。

 脇目も振らずに、居室を横切る姿。

 寝間の隅まで運ぶと、侍童達を見回して宣告した。

「いいか、お前達。この箱には、〈庭師〉の大事な道具が入っているんだ。むやみに開けるんじゃないぞ」

「――承知いたしました。他の者にも、申し伝えます」

 一番年長の侍童が、代表して応答する。

 確かに頷く、怜悧な面立ち。歩み寄ってくると、居間の絨毯の手前に正座し、丁重に告げた。

「緑玉様。本日は、予定通り、王〈シャー〉の〈花見〉がございます。箱の中身については、お師匠様が、〈追肥〉の際に、ご説明いたしますので」

「わかった。ありがとう、オミード」

 ジャハーンからの届け物。不思議に思いながらも、一礼を受ける。

「じゃあ、俺はこれで。――失礼いたします」

 ひと仕事を終えたと、疲れた腕を振る背中。辞して閉じる扉の音が響く。

 秋の突風に吹かれたような心持ちで瞬いた。


 箱の蓋が、ゆっくりと、のいていく。

 現れた景色に、思わず目の前の顔を凝視する。静かな声が、淡々と語る。

「教科書だ。全て、ヤワ語で書かれている。〈花見〉のない時に、ボルナーと読むといい」

 予想外の言葉に戸惑う。表題を記した、癖のないヤワ文字を、まじまじと見つめる。

 確かに、アフシンの入宮前に話していた通り、〈花見〉の頻度が減って、時間の空く夜が増えた。

 暇潰しに南洋の本はどうかと、その時に尋ねられたが、無理な話だ。何かの気まぐれだと思って流していたのに、まさか教科書とは。

 一番上の一冊を手に取り、表紙を繰る。

 該当の年齢よりも、おそらく少し易しい内容。それでも、知らない単語があって、故郷を離れた年月を実感する。下段に丁寧な注釈を見つけ、筆者の仕事ぶりを垣間見る。

 顔を上げ、わずかに震える声をこぼす。

「どうして……」

 髭のない顔が、何かを見定めるように、小さく傾ぐ。低く静かな声が、微かに囁く。

「……お師匠様が、ご自害なされて……昔、仰っていた言葉の意味を、改めて考えただけだ」

「え、自害……?」

 黄玉の寵童付きの〈庭師〉だった、ヘダーヤト。カースィムが退宮したその日、病で急死したと聞いていた。

 ジャハーンの目元が、微かに歪む。引き結んだ唇が、一瞬わなないて語る。

「神ホダーは唯一絶対であり、尊く正しい。それは、紛れもない真実だ。……ただ、神は答えてはくださらない。たとえ、首筋に、剃刀を宛がったとしても」

 おもむろに、指の長い手が剃刀の鞘に伸びる。

 きつく握り締める拳。月影に滲む、宵闇の瞳。そっと、膝に触れる。

「ありがとう、ジャハーン。何よりの贈り物だ。大切に、読ませてもらうよ」

「……また、学年が上がったら、新しいものを持ってこよう」

 頷いて、淡く微笑む。丁寧に仕舞うと、〈花台〉へと足を向けた。


 真冬の寒風の中を、馬車が軽やかに進んでいく。隣の絶え間ないおしゃべりに耳を傾けながら、遠ざかる聖堂を眺める。

 今日は金曜日。ディーダム教徒にとって、一週間の中で、最も大切な日だった。

 信仰宣言を行った九歳以上の男子は、聖堂に集まり、集団礼拝を行う。

 そのため、多くの職業が休日と定めている。マドレセ(学院)も例外ではなく、授業は休みだった。

 しかし、季節は待ってくれない。年末の足音が聞こえ出す十一月初旬、期末試験が迫っているのだ。

 寵童である以上、相応の成績を収めなければならない。

 今日は、座学にめっぽう弱いアフシンを手伝うために、〈緑の学院〉の図書室で、自習する予定だった。

 円城の輪郭に沿うように、曲線を描く道を行き、馬車が東門の前に停まる。

 教科書と帳面、葦筆などの筆記具の入った鞄を抱え、ずっしりとした重みに負けないよう、慎重に荷台から降りた。


「――ああ! 終わったあっ!」

 図書室から出た途端、大きな伸びとともに、歓声が放たれる。てらいのない姿に、顔がほころぶ。

「がんばったね、アフシン。お疲れ様」

「兄上のおかげです。ありがとうございました」

 快活な笑顔に、微笑んで頷く。促して、正門への道を歩く。

 と、後ろから声がかかって、振り向いた。

 髭を生やした、しかしファールサ人ではない面立ち。誰だかわからず、訝しみかけて、はっとする。

「――カースィム殿!」

「お久しぶりでございます、緑玉様。まさか、お会いできるとは」

 懐かしい、柔和な微笑と声。

 見上げたまま、驚きをこぼす。

「いや、見違えました。髪を切られたのですね」

「ターングの高官方に応対するのに、いつまでも、ターングもどきではいけませんからね。――そちらは、新しい紅玉様ですね?」

 青い瞳が瞬く。

 先の黄玉様だよ、と説明すると、燦然と顔を輝かせて挨拶した。

「アフシン・モルダード・ケルメズです。舞いの名手だと、お話はかねがね、うかがっています」

「これはまた、可愛らしいお方で。南洋に北方と、王〈シャー〉のお好みに、出身は関係ございませんね」

 え、と見開いた青い目が、こちらを向く。

 話してはいけないことなのに、いったいどういうつもりだろう。(ほぞ)を噛みつつも、あえて気づかないふりをして、カースィムに尋ねる。

「そういえば――今日は、どうしてこちらに?」

 授業のある日であれば、欠勤の代理として、教壇に立つこともあり得る。

 しかし、今日は金曜日なのだ。警備等の必要最低限の人員以外は皆、休みに入っていた。

「調べものがございまして。そのことで、ちょうど、緑玉様とお話ししたいと、思っていたところなのですよ」

「ぼくに……?」

 ターング語は選択科目で、履修していない。

 不思議に思って、首を傾げていると、アフシンが明るい調子で言った。

「カースィムどの。お話って、けっこうかかりますか?」

 茶色い瞳が、優しく細まって答える。

「いいえ、それほどには」

「そしたら、おれ、門で待ってますね」

 言うが早いか、あっという間に駆け出していく。戸惑い半分で見送りつつ、改めてカースィムに向き直る。

 柔らかい口調が、丁重に応じた。

「外は寒うございます。食堂にでも、参りましょう」

 ふと思い出して、身震いする。促されるまま、道を進んでいった。


 閑散とした、夕刻の食堂。しんしんと冷えていたものの、屋外よりは、ずいぶんとましだった。

 隅の適当な絨毯に座ると、カースィムは上衣の合わせを探った。

「こちらなのですが――」

 差し出されたものは、折り畳まれた紙だった。見覚えのある質感に、はっと息を呑む。目顔で問いかけ、その手から受け取る。

 がさがさとした手触り。間違いようもない。クラムビル(ココナッツ)紙だった。

 広げれば、丸みを帯びた、癖のあるファールサ文字が並んでいた。右下に目を走らせ、差出人に驚愕する。

(――兄上……!)

 アナ・アグン・グデ・オカ・スセハト・ウォン・ラナン・プティ。

 マタラム人らしい、ワルナ(カースト)を示した名。久しぶりに見た字面に、手が震える。

 生きていた。兄は、生きていたのだ。

 こみ上げる喜びに、視界がぼやける。カースィムの慮る声が語る。

「メフリガーンの献上品に、添え状として、同封されていたそうにございます。王〈シャー〉宛の手紙を、同僚と仕分けしている時、お知らせするべきだと存じ、私の方でお預かりいたしました」

 せり上がる喉をかろうじて飲み込み、手の甲で、目元を拭う。

 深く呼吸をすると、心から礼を言った。

「ありがとうございます、カースィム殿。何よりの吉報です」

 すっかり成年の男となった顔立ちに、優しい笑みが浮かぶ。

 さっと読んだ限りでは、ファールサに恭順の意を示す内容だったが、それでも生きているのだ。

 それだけで、どれほど喜ばしいことか。感慨に耽って、文面を眺める。

 しかし、ふと、疑問が湧く。

 カースィムは、調べものがあると言っていた。ファールサ語なら、わざわざ図書室に赴く必要などないのだ。

 視線を向けると、ひとつ頷いて、苦笑した声が応えた。

「ヤワ語が書かれていると、気づきましてね。ただ――どうしてもわからずに、困っていたところなのですよ」

 改めて、紙面に目を遣る。

 ファールサ文字以外、見当たらなかったが――。

(これ……!)

 書状の下部に描かれた装飾。

 よくよく見れば、それは確かに、ヤワ文字だった。

 再びの驚きに、茶色い瞳を見つめる。

「こういう紋様は通常、上下にあるものでございましょう? 下にだけあるのは、不自然な気がいたしまして。眺めているうちに、なにやら、文字に見えてきたものですから――マタラムから届いた手紙なら、ヤワ文字だろうと、愚考した次第にございます」

「それで、わざわざ……」

 納得して、視線を落とす。

 読経するような、兄の流麗な手蹟。優しい字面は、本人の気質そのものだった。

 しかし、懐かしむ喜びは、一息にしぼんでいった。綴られた内容に、悲しみが広がる。

 ――ファールサの王に抗議申し上げる。

 マタラムへの侵攻及び支配、王子らの拉致は、条約違反であり、直ちに是正されなければならない。

 私の弟、三〈ティゴ〉の王妃の息子、六〈ヌム〉の王子であるアナ・アグン・グデ・ライ・ステノゴ・ウォン・ラナン・プティを即刻解放し、本国に返還するよう、断固として要求するものである。――

 打ち寄せる波。経を唱える、兄の伸びやかな声。燃えゆく、蝶の棺。

 あの頃に戻れるなら、どんなにいいか。ただ平和な明日を信じ、過ぎる時に、何の疑いを持たずにいられた、あの頃に。

(……でも、もう遅すぎる……姉上も――スクワトも、きっと……)

 命はあっても、慰み者にされているだろう。

 そして、自分は、もはや兄の前に立つ資格はない。勤勉で模範的なプマンクの目を穢すなど、あってはならないのだ。

 鼻をすすり、震える喉を、深呼吸で追いやる。

 目を上げると、せめてもの礼だと思って、ファールサ語に訳した。

「どうか、このままにしてください。ぼくはもう、帰るつもりはありませんから」

 哀しく眉根を寄せる顔。茶色い瞳が、思案するようにそれる。

 ひとつ瞬くと、おもむろに視線が戻ってくる。

「例えば、の話ではございますが――あえて、王〈シャー〉にお伝えしてみるのは、いかがでございましょう。あのお方の疑心を、煽ってみせるのです」

 宙に浮いた思考がまとまるように、強くなっていく口調。どこか酷薄な笑みを浮かべて、カースィムが続ける。

「いつも同じでは、そのうち飽きてしまいます。変転があり、解決する感動こそ、よい刺激というもの。よもや、故郷に帰りたいと願いながら、抱かれていたとしたら――これほど、業腹なことはございません。二心などないと強く印象づけるには、うってつけでございましょう」

 確かに一理ある。しかし、そんなにうまくいくだろうか。

 何より、カースィムの意図がわからなかった。

 窺うように、慎重に言葉を押し出す。

「カースィム殿。ひとつ、よろしいでしょうか」

 柔和な目顔が促す。心を配って、ゆっくりと話す。

「ずっと、ありがたく思っていたのですが――どうして、これほどご親切にしてくださるのですか?」

 さらわれてきた恨みはあるだろう。協力すれば、憂さ晴らしにはなる。ただ、それだけではないような執念を感じていた。

 緩やかに、溜め息が落ちる。

 絨毯の精緻な紋様を見つめたまま、静かな声が語る。

「……私は、あのお方を愛しておりました。そう、思い込んでいたのです――あの日までは」

 噴き上がる感情を抑えるように、微かにわななく手が、組み合わさる。重苦しい吐息が、胸から押し出される。

「乱暴され、ぼろぼろになった私を、あのお方は追い払い――その四日後、〈薔薇始め〉にお越しになりました。……泣き叫んでも……良心の呵責は、ないようでした」

 昨年の誕生日に、カースィムが語っていたこと。ヘダーヤトの自死。嫌な想像が、頭を巡る。

 やけに静かな、声が語る。

「私は、あのお方が憎い。幼い私から、故郷の言葉を取り上げ、貞操を奪い、己の都合のよいように弄んだ――いとしい、あのお方が。地獄に突き落としてやりたいと――心から、願うのでございます」

 燃え立つ茶色の目。その、妄執にも似た激情。

 重なりそうで、交わらない心。しかし、その苦しみは、痛いほどわかった。

 大きく息を吸い込んで、口を開く。

「おつらいことながら、お話しいただき、ありがとうございます。紅玉様がいらして以来、〈花見〉が減っておりますから、よい機会だと思います」

 涼やかな瞼が、ゆっくりと瞬く。冷静な声音が、請け負って告げる。

「それならば――きっと〈薔薇始め〉にも選ばれないだろうと、嘆いていらっしゃると、お伝えしましょう。じっくりお話しできる方が、よろしいかと存じますので」

 願ってもないことだった。

 〈花見〉の頻度が減っている代わりとでも言わんばかりに、手紙は、ひっきりなしに届いていた。しかし、アフシンに執心しているのも、確かなのだ。

 最も寵が深いと示せなければ、それだけ青薔薇は遠のく。

 来年はもう、十四歳になるのだ。のんびり過ごしてなどいられない。

「〈薔薇始め〉については、ぼくも心配していたところです。お心を向けていただけるのであれば、これほど心安いことはございません」

「それでは私は、お心が乱れて、緑玉様を思わない時がないように、あの大きなお耳に囁きましょう。――きっと、うまくやってみせますよ」

 にっこりと、涼やかな目元が笑う。

 馴染んだ姿と変わらない、軽妙な調子。緩やかに、顔がほころんだ。


 ピール(象)が、ピヤーデ(歩兵)を斜めに飛び越えていく。

 奇抜な手。宝石を彫刻した豪華な駒を眺めて、勝ち筋を探る。形勢は有利だが、相手はベフナームだ。油断はできない。

 シャトランジには、指し手の性格が現れるという。

 アフシンは、その明朗な心の通り、真っ直ぐに攻めるが、ベフナームは、本当に突拍子もない動きをする。

 かといって、強くも弱くもない。まさに本人と同様、(けむ)に巻いてくる。勝てるかどうかは、その時次第だった。

 ふと、隙を見つける。数手先を読んでから、アスブ(馬)に手を伸ばす。すると、

「シャーグルよ。最近、気になる話を耳にしてのう」

 盤面に目を落としたまま、ベフナームが黒い髭をしごく。

 姿勢を正して、問いかける。

「どのようなお話で?」

「王書官が申すには、マタラムの第二王子のスセハトと名乗る者から、文が届いたそうな。――弟のステノゴを返せ、と訴えてきたようでの」

 心中で、快哉を叫ぶ。

 さすがはカースィムだ。人目に触れる可能性のある手紙では、やり取りできないから、出たとこ勝負だったが、予定通りだ。

 気を引き締め、成り行きを待ち受ける。

 肉厚な瞼に覆われた焦茶色の瞳が、灯火に光る。

「そちを返す、と言ったら――いかがする、ステノゴよ」

 奇妙な抑揚のヤワ語。しぶく鮮血が、心に広がる。

 奪われた多くの幼い命は、もう取り返せない。

 蝶になった姉も、この穢れきった身体も――おそらくは無事でいない母達や義姉(あね)達も、スクワトも、取り返しはつかないのだ。

 本当に今さら、どういう心根で、そんなことを吐けるのだろう。

 はらはらと、涙をこぼす。滲む声で訴えた。

「ひどうございます、ベフナーム様。王の薔薇〈シャーグル〉と名づけてくださったのは、あなた様ではございませんか。いとしいそのお声で名を呼ばれる度に、寵童となれた喜びを、噛み締めておりますのに……これほどにも、お慕い申し上げておりますのに、もはや無用であると、仰せになるのですね」

「おお、我がいとしい小鳥よ。そのようなことを申すでない。あるはずのなきことぞ」

 伸びてきた手を、崩れるようにかわす。豪奢な袖を口元にかざし、きつく首を振る。

「いいえっ……いいえ! ぼくにはわかります。この一年、あなた様は、薔薇を愛でながら、隣と咲き具合を比べていらっしゃいました。そんな日々を、どんな思いで過ごしてきたか――〈薔薇始め〉に選ばれたと安堵し、幸せに待ち望んでいたなんて……ああ、なんて、ぼくは愚かだったのでしょう……!」

 俯いて顔をそむけ、さめざめと泣く。ベフナームが、慌てて寄ってくる。

「なんと、そのように思うていたとはのう――おお、おお、泣かんでくれ、我が可愛い小鳥よ。わしが悪かった。戯れにも、言うべきことではなかったのう」

 肥えた腕に収まる。しがみついて、泣きじゃくる。

「ぼくは怖いのです……あなた様に、いつ飽きられてしまうのではないかと――月日とともに、あなた様への想いは増すばかりでございますのに……想いが募れば募るほど――どうしようもなく、不安に心乱れるのでございます……」

 太い指が、涙を拭っていく。濃い眉毛を下げて、髭面が告げる。

「まっこと、すまんかったのう。そちとは長くともにおりたいと願うゆえに、ちと加減が過ぎた。これよりは、なるべく顔を見せるゆえ、機嫌を直してくれんかのう」

 たるんだ胸にすり寄る。焦茶色の瞳を見つめて、甘えた声でねだった。

「……お言葉を、くださりませ……慕わしいお声で、あなた様のお心を、伺いとう存じます……」

「いとしく思うのは、そちのみぞ、我が愛らしい小鳥よ。王の薔薇〈シャーグル〉と名づけた通り、そちほど深く寵を与えた者はおらぬ。不安だと申すのであれば、誓うてもよい」

 じっと瞬く。

 髭の中の口が、困ったように引き結ばれてから、ぱっと開く。

「――さてよ! よきことを思いついた!」

 にこにこと笑む髭面。鷹揚な口調が告げる。

「秋まで楽しみにしておれ、シャーグルよ。我が心に偽りなきと、青き証を立てようぞ」

 理解して、嬉しさに微笑む。頬を伝う涙。潤んで告白する。

「ああ、いとしいベフナーム様……ぼくは本当に、果報者にございます。ぼくには、ただ一人、あなた様だけ――」

 降りくる唇を受ける。太い首に腕を伸ばして抱きつく。絡む舌に吐息を漏らし、濡れて甘く、その浅ましい名を呼んだ。

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