5 王の酒宴
「セラドン・フィオレンツ、カムルカまで調査員を送れるか」
部屋を出るなり、カエリウスが足を止めずに問う。
「距離が距離ですからねえ。移動魔法陣の使用許可をいただければ」
「許可する。ただし危険を感じたら、成果を捨ててでも即時帰還だ」
「了解しました」
「アドリアン、陛下に会う。先触れを出せ」
「かしこまりました」
塔を出て馬車に乗り込む。襟元をゆるめ、カエリウスは息を長く吐いた。
「閣下、“ノパシリの王”という言葉については、お尋ねにならなくてよろしいのですか?」
アドリアンの声は控えめだった。
「まだ信用できない。不用意に耳を貸すべきではない」
カエリウスは前髪をかき上げ、雨の気配を含んだ風の匂いに目を細めた。
◇◇◇
兄王アルベリクの私室。磨かれたテーブルにはすでに酒肴が並んでいる。
「カエリウス、来たな。アルブレヒト産のワインだ。飲むだろう?」
短く刈った金髪、やや濃い色の瞳。ソファに身を預けたアルベリクがボトルを掲げる。
カエリウスは小さく嘆息し、やれやれと微笑んだ。
「兄上、宴会に来たのではないんだ。……まあ、いただくが」
腰を下ろすと、アルベリク自ら赤を注いでくれる。
「それで、例の姫は?」
グラスを受け取り、赤を揺らす。ランプの灯りが表面を滑らかに照らす。
「カムルカの姫、トゥイラ。護衛は二人。短槍と片手剣で、武器に魔術付与が可能らしい。
現状は調査員を送る手筈を整えた。彼らには魔術封じの魔道具をつけてある」
「ふむ……魔術付与か。セレスタでは考えられんな」
「我が国でも魔力持ちは珍しくないが、火ひとつ起こすにも魔法陣を介さねばならん。
だから研究所は攻撃よりも、防御と封印に重点を置いてきた」
「なるほどな。……隣国アルブレヒトは?」
「魔力持ちは生まれず、聖力を持つ者が加護を行使する。祈祷と奇跡の体系だ。
我々とはまるで別物だ」
「ではカムルカは?」
「魔術は空気のようなもの。誰もが火や水を操る。むしろ使えない者が稀らしい。
世界でも特殊な土地だ」
「国ごとに随分と差があるものだな」
「だからこそ未知であり、警戒すべきだ」
カエリウスはワインを一口含み、香りを確かめた。
「……悪くない。アルブレヒトは宗教と軍事に重きを置いているが、
だからこそ酒造りは丁寧で、希少性がある」
アルベリクは頷き、笑みを浮かべる。
「繊細な問題はお前の方が得意だ。判断は任せよう」
「はは……楽しくやるさ」
「だがな、カエリウス。ひとつだけ文句がある」
わざとらしく眉間に皺を寄せ、人差し指を立てる兄。
「何か?」
カエリウスは足を組み、グラスを置いた。
「もう少し顔を出せ。領地を与えた途端に引きこもりやがって。優秀な管理人を付けたろう。
王都の屋敷に住めばいい」
「なぜ?」
肩を竦め、手のひらを差し出す。兄はその指を鼻先に突きつけた。
「俺が寂しいからだ!」
カエリウスはその指を軽く払い、眉を寄せる。
「兄上には妻も息子もいるだろう」
「それとこれとは別だ! 弟がかわいいんだ! 同じ色味のはずなのに俺はゴツい、お前は絵本の王子様! 冷静で判断力もあって人望もある! 有能すぎる!」
地団駄でも踏みそうな勢いに、カエリウスはさらに眉を寄せた。
「……兄上、私が来る前にもう飲んでいたな?」
従者に目を向けると、空のボトル二本が掲げられる。
「兄上、私は帰る」
「なんで!?」
部屋を辞したカエリウスを迎えたのは、降り出した雨の匂いだった。




