46 番外編 公爵夫人、社交界を制す
トゥイラが公爵夫人となってしばらく経った頃、彼女の元にもお茶会の招待状が届くようになった。
「お茶会のしきたりは教師から教わったが、私にはまだ怪しいのではないか?」
手紙を一枚ずつ手に取りながら侍女にこぼす。
「閣下も“奥様は出なくていい”と仰っていましたし、お断りしてもよろしいのでは」
そう言った侍女の顔がわずかに歪むのを、トゥイラは見逃さなかった。
「どうした?」
「……いえ」
「私は大雑把なカムルカ人だ。繊細な気遣いは苦手だが、リウのように寛大な主人になりたい。思うことがあるなら言ってくれ」
観念したように侍女は一枚の招待状を差し出した。
「こちらのご婦人は、閣下にかなり熱を上げていた方でして……おそらく牽制のつもりかと」
「ふぅん」
紙を受け取ったトゥイラは口角を上げた。
「これに出席する」
「えっ!?」
控えていた侍女たちの顔色が一斉に変わる。
「服装は任せる。私を世界一のヴァルデン公爵夫人にしてくれ」
底知れぬ黒い瞳を前に、使用人たちは震えながらも覚悟を決めた。
◇◇◇
藤色のデイドレスを纏い、銀細工の髪飾りを揺らして庭園に入った瞬間、空気が張り詰めた。案内された席に着くまでの間、夫人たちの視線が棘のように突き刺さる。
主催者の夫人は定型文の挨拶を述べつつ、すぐに探りを入れてきた。
「カムルカとセレスタでは文化が大きく違って大変でしょう?」
「お茶会などなかったのではなくて?」
「文化を知らない奥様では閣下もご苦労でしょうね」
「私たちなら閣下をお支えできますのに」
一つ一つの言葉に棘が潜んでいた。
しばらくは、セレスタに来てから習得した作り笑顔で耐えていたトゥイラだったが、「少し席を外しますわ」と言い、アドリアンと侍女を連れて人目のない場所へ。
「お茶会とはこういうものなのか?」
三人で顔を寄せ合う。
「……流石に殺伐としすぎですわ」侍女が呟き、アドリアンも「私もそう思います」と頷いた。
「私はセレスタへ来て一年も経っていない。多少の無礼は許されるな。なら――暴れてもいいか?」
二人は目を見合わせ、力強く頷く。
「我らが奥様をお支えいたします」
「よし。いざ、出陣だ」
◇◇◇
席へ戻ったトゥイラは、わざとらしくため息をつき、肩の布をほんの少しずらした。赤い痕が覗く。
「そうですわね。閣下には苦労をかけているかもしれません。お強い方ですが、私は体力がなくて毎日へとへとになってしまいますの」
夫人たちが息を呑む。
「それに、私が他の男性と話すだけでとてもお怒りになるのです。執務室でも私を傍に置きたがりますの」
頬に手を当て、健気に微笑む。
「でも、閣下の左胸にある小さなホクロがあまりに可愛らしくて……私もどうかしてしまいそうなのです」
夫人たちの頬が一斉に朱に染まり、声を失った。夫人たちの頭の中には、妖艶なカエリウスの姿が再生されていることだろう。
トゥイラは溜息をひとつつき、微笑んだ。
「あらいやだ、弱音ばかり。まだこちらへ来て日が浅いせいでしょう。どうか色々教えてくださいね」
そして優雅に立ち上がる。
「申し訳ありません、初めてのお茶会で疲れてしまいましたわ。ご機嫌よう」
去り際に振り返り、にっこりと笑んで言い残す。
「そうそう。私は皇后陛下、正妃殿下の次に、このセレスタで最も身分の高い女性なのだとか。私を敬わなくても……よろしいのかしら?」
不敵な笑みを残し、背を向けた。夫人たちは蒼白になって押し黙った。
◇◇◇
「君は夫人たちに余計なことを言わなかったか?」
晩餐室で、カエリウスが問いかける。今日も旦那様は美しかった。
「余計なこととは?」
「君がお茶会に出た日以来、夫人たちがやけに左胸をじろじろ見るんだ」
トゥイラには心当たりがあったが、すまし顔で肉を切った。
「“閣下に大事にしてもらってます”と、そんな話をしただけだ」
カエリウスがアドリアンに視線を向けると、彼はさっと目を逸らす。
「……本当は何を言った? ちゃんと教えなさい」
しつこく迫る夫に、トゥイラはナプキンで口を拭き、平然と答えた。
「左胸くらいなら良いではないか。私だって、リウの右脚の付け根にかわいく並んだホクロを暴露してもよかったんだぞ?」
「……っ!」
カエリウスは絶句した。
カエリウス・セレスタはとんでもない男だが、その妻もまた、とんでもない女だった。
仕えて十二年、アドリアンは初めて主人が顔を赤らめるのを見た。




