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42 焚火の宴

 夜の広間には、大きな焚き火が燃え盛っていた。炎は轟々と空を焦がし、赤橙の光が人々の顔を照らし出す。弦を弾く音、太鼓の拍子、歓声、歌声。カムルカの民は戦の勝利を祝い、思い思いに踊り、歌い、笑っていた。


 用意された高座の席に、カエリウスは腰を下ろしていた。隣にはトゥイラ、ウタラ、カムイチカ。杯を交わしながら、焚き火の賑わいを静かに眺めていた。


「トゥイラ様! 一緒に歌いましょう!」

「カムイチカ様! 踊りましょうや!」


 誘いの声に、トゥイラとカムイチカが立ち上がる。カムイチカは豪快に笑って腕を振り上げ、民の輪へと歩み出た。トゥイラも黒髪を揺らして立ち上がり――ふと、隣に座るカエリウスを振り返る。


 焚き火の炎が映り込む黒の瞳。その中に、確かに自分を映しているのを見た瞬間、カエリウスの胸が強く脈打った。

 彼女は小さく微笑み、それから裾を翻して民の輪へと駆けていく。


 カエリウスは盃を口に運びながら、乾いた喉を誤魔化すように一息で飲み干した。心の奥底で揺さぶられた何かを、隠すように。


 残された広間の端で、ウタラが杯を口にし、白い眉をわずかに動かした。

「ノパシリの王よ」

「……なんだ」

「世界は不安定な均衡で保たれている」


 カエリウスは横目で老女を見やり、杯を持ち直した。


「セレスタは――魔術の増幅。アルブレヒトは――聖力。そして、海を隔てた我がカムルカには、膨大な魔力を湛えた民がいる。それぞれが均衡を担っておる。どれが欠けても、秩序は崩れる」


 焚き火の火の粉が夜風に散り、消えていく。


「シリカナヌプリも例外ではない。百年後か、千年後か――また封が緩むだろう。それでも我らは、この地を愛し、守り、生きていく」


 ウタラの言葉は、炎よりも静かに、しかし確かに胸に沁みた。カエリウスは杯を口に運び、深く息を吐いた。

「……なるほど。そういうことか」


 老女は黙して頷いた。


 しばしの沈黙ののち、カエリウスが口を開く。

「ウタラ、私は……トゥイラを娶りたい。幼い彼女を、セレスタに連れていこうと思っている」


 ウタラは細めた瞳でカエリウスを見つめ、それからふっと笑った。

「幼い、か。そう見えるのは、お主が若いからじゃ。あの娘は二十も半ば。お主より年上かもしれぬ」


 カエリウスの目が驚きに大きく開かれる。焚き火の赤が、その青の瞳を鮮やかに染めた。

「……そう、なのか」

「うむ。ああ見えて大人の女よ。王の妻にふさわしい娘だ。……大事にしてやっておくれ」


 ウタラの眼差しは炎のように強く、そして深い慈しみを含んでいた。カエリウスは視線を受け止め、小さく、だが確かに頷いた。


 焚き火の輪から響くトゥイラの笑い声が届いた。炎に照らされたその横顔を見たとき、胸に去来したものが――先ほどの一瞬と重なり、より鮮明に刻まれていく。


 炎の音、歌の調べ、遠い星々の瞬き。

 すべてがひとつに溶け合い、静かな幸福の形を描いていた。

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