41 人生の証
「アドリアン、私はトゥイラを妻に迎える」
昼過ぎ、部屋にやってきたアドリアンにそう告げると、彼は少しだけ目を細めて「かしこまりました」と応えた。
カエリウスのジャケットを広げ、肩にかけながらも、その藍色の瞳にはじんわりとした優しさがこもる。
「反対しないんだな」
「トゥイラ様はカムルカの巫女姫であり、女王のようなお立場です。今回の戦でも大いに勝利に貢献されました。それを踏まえると、セレスタのヴァルデン公夫人として、不足はないと思います」
アドリアンはカエリウスの正面に回り、タイを整える。
指先の動きは正確で、微かに震えていた。
「私は、これまでに何度か、体を暴かれそうになった。
社交の場に出れば、男にも女にも舐め回すように全身を見られる。
割り切ったつもりでも、その手のことには辟易していた」
「はい。承知しておりました」
髪を結ってくれる侍女もいないため、カムルカ滞在中は後ろで一つに縛るだけ。
出征の折には切ってしまおうかとも考えたが、アルベリクが強く反対した。
長く伸ばした髪は、今となっては己を形づくる証のようにも思える。
「君には、こういうことさえ口にしてこなかったな」
「見ていれば分かります。……その類まれな美貌を持ちながら、二十四にもなって浮いた話が一つもない。それは、閣下がそうした事に心を寄せておられないからだと」
カエリウスは長い髪を撫で、ふと呟いた。
「覇者の剣の試練とは――過去と向き合うことだった」
アドリアンの藍の瞳と、カエリウスの青の瞳が正面から交わる。
空気が静かに張りつめる。
「私は君と出会えて、本当に良かった。……君が、私を支えてくれたのだ。改めて礼を言う」
アドリアンは俯き、小さな声で「はい」とだけ答えた。
その声音は、わずかに震えていた。
だが次に顔を上げた時には、いつもの無表情が戻っていた。
カエリウスはその健気さに、静かに微笑んだ。
「トゥイラ様の件ですが、今回の帰還に合わせてお連れすれば、陛下も歓迎されるでしょう。……いかがなさいますか」
カエリウスはゆるやかに首を振った。金の髪がさらりと揺れる。
「正しく手順を踏み、彼女を迎え入れたい」
「かしこまりました。調整はすべて私にお任せください」
カエリウスはその腕を軽く叩いた。
「頼りにしている」
その言葉に、アドリアンは静かに一礼した。
窓の外には、柔らかな午後の光が差し込んでいた。
戦いを終え、過去を受け入れ、未来を選んだ男の横顔は――
確かに、生きてきた人生の証そのものだった。




