4 姫巫女の名乗り
「姫に代わり、お詫び申し上げる」
護衛の男イコルが言い、短槍を背負った女サラナと共に深く頭を下げた。
トゥイラは胸に手を当て、呼吸を整えるように小さく息を繰り返す。
一方、アドリアンはまだ警戒を解かず、カエリウスの脇に片膝をついたまま、鋭い眼差しを向けていた。
カエリウスはその様子を眺め、背の髪を軽く撫でて小さく嘆息した。
「……理由があるのだろう。改めて、名と目的を聞かせて欲しい」
トゥイラは震える手を膝の上で握りしめ、ゆっくりと顔を上げる。
声を出す前に一度唇を噛み、そして言葉を紡いだ。
「……私はカムルカ国の姫、トゥイラ。
後ろの二人は、付き人のイコルとサラナです」
二人は順に深く一礼する。
カエリウスは静かに頷き、続きを促す。
「我が国、カムルカは今、神山の封印が解け、日々闇に蝕まれています。
私は……血を絶やさぬため、そして助けを請うためにここへ参りました」
「亡命を望む……そういう理解でいいのか」
「半ばはそうです。
けれど、私は国を見捨てるつもりはない。
必ず戻り、神の山を鎮めます。そのための知を――ノパシリの王の力を、求めています」
その言葉に、カエリウスの瞳がわずかに揺れた。
だがすぐに表情を戻し、壁際のセラドン・フィオレンツに視線を送る。
「塔長、用意はしてくれているか?」
「あっ、はい! こちらに!」
慌てた様子で、フィオレンツはテーブルに首輪型の魔道具を三つ並べた。
「申し訳ないが、貴女方の言葉を全面的に信じることはできない。我々でも調べさせてもらう。
また、我がセレスタ王国では魔術はほとんど使われず、貴女方の力は脅威となり得る。この国にいる間は――これを身につけていただきたい」
そう言って真ん中の一つをトゥイラに押しやる。
トゥイラの睫毛がかすかに震える。
拒めば、この国ではただの捕虜。
受け入れれば、主権を失う。
それを分かっているのだろう――カエリウスの青の瞳が静かに問う。
「……いいね?」
声は穏やかだった。
けれど、逃げ場を奪うほどの重さを帯びていた。
トゥイラはわずかに唇を噛み、それでも目を逸らさずに頷く。
「……異国に庇われる身です。従います」
護衛の二人は無言で頷き、それぞれ首に嵌めた。
最後のひとつをサラナが取り、トゥイラの首にそっと掛ける。
鈍い音が響き、トゥイラはわずかに息を止める。
けれど、次の瞬間には再び背筋を伸ばし、静かに問う。
「これで……ご安心いただけますか」
カエリウスは小さく頷き、ソファを立った。
「この離れも魔術を阻む造りだ。脅威がないと分かるまで、不便を強いるかもしれない」
その言葉にトゥイラは一瞬だけ目を細めた。
それは屈辱ではなく――安堵に近い。
“これでようやく休める”と悟ったように、彼女は小さく息を吐いた。
カエリウスがそう言って席を離れようとしたとき、フィオレンツが拳を握りしめ、目を輝かせて口を開いた。
「か、閣下! イコルさんは武器に魔術付与ができるそうです! ぜひ研究させていただきたいのですがっ!」
カエリウスは目を細め、冷たい瞳でじっと彼を見た。
「ひぃっ!! な、なんで閣下は怒ってるの!?」
「塔長……あなたが愚かだからです」
アドリアンが顔を青ざめさせ、俯きながら低く告げた。




