39 守り人の舞
丸一日休息日を設けた後、カエリウスはカムイチカに乞われ、夜が明ける前にシリカナヌプリの麓にある社を訪れていた。再封印の儀を執り行う場所だという。
だが、そこにはもう何も残っていなかった。
社はシリオペに踏み荒らされ、礎石さえ判別できない。まるで初めから存在しなかったかのように荒れ果てていた。
カムイチカはしばらくその光景を切なげに眺め、やがてカエリウスに一礼して、静かに舞い始めた。
銀に光る刀を携え、鋭く、優雅に、時に力強く。
かつてのもののふ達の魂を慰め、讃えるかのような舞だった。
東から昇る朝日が、彼の姿を柔らかく照らし出す。
風が頬を撫で、遠くの雪嶺が淡く黄金を帯びる。
言葉ひとつなく、ただ舞だけが空気を満たす――静謐な儀。
舞い終えたとき、夜はすっかり明けていた。
雲ひとつない青空が、どこまでも広がっている。
カムイチカは刀をゆっくりと刀帯に納め、深く息を吐いた。
「……閣下、ありがとう」
カエリウスは首を振り、静かな声で答える。
「こちらこそ。とても良いものを見せてもらった」
カムイチカは無邪気な笑みを浮かべた。
「……実は伝えておきたいことがある」
カエリウスが頷くと、彼は砂を軽く蹴りながら言葉を続けた。
「トゥイラは俺の許嫁ではあるが、正直なところ姉弟みたいなもんだ。だから気にしないでほしい」
カエリウスは微笑みを浮かべたまま、首を傾げる。
「気づいていないわけないだろう。あいつは貴方に惚れ込んでる。貴方さえ嫌じゃなければ、もらってやってほしい。巫女業のことは気にしなくていい。トゥイラがいなくても、俺たちでなんとかやれる」
カエリウスが黙っていると、カムイチカは眉を寄せて彼を見た。
日頃は凛々しい守り人だが、こうして見ると年相応に幼い顔立ちに見える。
「……もしかして、もうトゥイラは貴方に振られてるのか? 余計なことを言ったな。もし理由が俺にあるなら気にするな。俺に恋慕はないが、トゥイラは大切な姉のような妹のような存在だ」
カエリウスは軽やかに笑った。
「君が優しい青年だということは、よく分かった」
カムイチカが言葉を失っている間に、カエリウスはもう馬の方へ歩き出していた。
「城に戻ろう。休んだら復興について話し合いたい。そして夜には宴があるとウタラが言っていたな。楽しみだ、カムイチカ」
振り返りざまにそう告げたカエリウスに、カムイチカは大げさにため息をついた。
「……これだから大人は嫌だ」
その呟きに、カエリウスはまた小さく笑った。




