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36 道

「アドリアン・ヴァロリス、侯爵家の次男だ。今日からカエリウスの側近として仕えてもらう」

 父の命で兄が連れてきた少年は、カエリウスと同じ十三歳の表情の少ない男だった。黒髪を短く刈り揃え、深い藍の瞳、カエリウスよりほんのわずかに背が高いアドリアンは、丁寧にカエリウスに一礼した。

「よろしくお願いします」

 その声は上擦っていて、緊張しているのが分かった。少しだけ意地悪したくなったカエリウスは、老若男女が頬を染め、悪魔の微笑みと呼ばれた笑みを彼に向けてみた。

「よろしく」

 彼の表情は変わらず、相変わらず頬に力が入っているみたいに見えた。カエリウスはこの少年が気に入った。


◇◇◇


「やっぱり剣術はアドリアンには私では敵わないな。得意だった算術もダメだ」

 昼の庭園で、ベンチに腰掛け、カエリウスがため息をつきながらそう溢すと、アドリアンは珍しくきょとんとした。

「私は貴方の秘書官と護衛も兼ねているので、数字と剣が強くなくてはいけないのです。だから頑張っています」

「だが、私は賢くなりたい」

「なぜです?」

「私は兄上達に助けられて生き延びた。だから彼らを守れるほどに強くなりたいのだ」

「殿下は、外交が得意ではないですか? 知識の使い方もうまいと思います。だから一つ一つが深い知識である必要はないのです」

「外交?」

「おしゃべりが上手でしょう?」

「……そうかもな。外交にこの顔は役に立つか? 私にとっては厄ばかりを呼び込む顔だ」

「人は整った顔を見ると、性格がいいと思うみたいですよ。人を惹きつければ、話も聞いてもらいやすくなります」

「私はもともと性格がいい」

「……」

「あはははは! 否定も肯定もしないんだな」


◇◇◇


 それからは割り切って顔の良さを利用し、人脈を広げることに集中した。側近や手駒になりそうな人材は徹底的に調べ上げ、あらゆる場所に配置。

 そうやってカエリウスが宮廷で頭角を表せば、今度はカエリウスを旗頭にしようと目論む人間が現れたが、広げた網に面白いようにかかって潰すことができた。


◇◇◇


 ある日、王城内の回廊を歩いていた時、ふとアドリアンが背後にいないことに気づいた。後ろにいた護衛に声をかけると、「大丈夫です」とだけ返される。納得しないまま執務室で待っていると、ノックの音と共にアドリアンが入室してきた。

「何処に行っていたんだ!」

 カエリウスは十六歳になっていたが、未だ一人になるのは怖かった。実際には彼には護衛もいたのだし、責めるつもりはなかった。しかし、つい、語気が強くなってしまった。


 見ると、アドリアンは口の端を切っていた。

「怪我をしているのか……」

「貴方に近づこうとするゴミを捨ててきただけです」

「え……」

「大丈夫です。コテンパンにしました。アルベリク殿下にも陛下にも報告しました。何も問題ありません」

 相変わらず変わらない表情。

 カエリウスは机を回って、アドリアンの前に立つ。その手を取り、自分の額にあてた。

「……ありがとう」


 第二王子という肩書きに負けないくらい、実力をつけて、恩を返そう。

 絶対に、強くなろう。


◇◇◇


 ――辛いことは幾度もあった。

 でも、私は生きてきた。

 人の手を借り、時に人に手を貸して。

 私を築き上げたすべてのことが、今の私を形づくっている。


 受け入れるか、拒むか――そんなことはもうどうでもいい。

 過去は私の中に刻まれ、私の血を流れている。

 それを否定することは、自分を捨てることと同じだ。


 私は歩いてきた。

 壊れそうになっても、誰かの手があった。

 誰かの声が、灯が、私を立たせてくれた。


 ――だからもう、恐れない。

 強くあれ。

 立ち止まるな。

 目を覚ませ。


 私の道は、まだ続いている。

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