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35 灯

「ほら、見て。俺がまず一口食べるよ」

 十二歳の兄アルベリクがスプーンを七歳のカエリウスの前に翳し、そのスプーンでスープをすくって飲んだ。

「美味しい! ほら、カエリウスも食べてみて」

 先ほど兄が使ったスプーンにもうひと匙、スープを掬ってカエリウスの口元に差し出す。カエリウスが恐る恐る口を開ければ、兄が強引にスプーンを捩じ込んだ。歯にスプーンがあたってカチリと音がする。

 口に柔らかい味が広がる。コクンと飲み込んだ。

 兄は破顔し、周りで固唾を飲んで見守っていた使用人たちからは静かな歓声が上がる。カエリウスの瞳からはポロポロと涙が落ちた。

「兄上、美味しい」

 アルベリクはカエリウスの頭をそっと撫でた。

「ほら、もっと食べよう。美味しいよ」


◇◇◇


 枕と大きなクマのぬいぐるみを抱えて八歳のカエリウスの寝室に現れたアルベリクは、ベッドを登って膝を抱える弟のそばに座った。

「このクマは、俺が小さい頃の相棒。カエリウスにあげる。ほら、一緒に寝よう」

 アルベリクはカエリウスにクマを無理やり持たせると、弟を抱えるようにして寝転んだ。

「さすがに明る過ぎるな。ねぇ、一個蝋燭消して」

 壁に控えていたメイドに声をかけて、幾つもつけられていた燭台のうちのひとつを消させる。

「怖くない?」

 カエリウスが無言で頷く。

「じゃあ一日に一個ずつ、減らしていこうね。

 カエリウスはさ、勉強だと何が好き?」

「算術」

「嘘! 俺はあれが1番苦手だけどなぁ」

 カエリウスが寝付くまで、兄はずっと手をつないで話をしてくれていた。

 一日に一つずつ、燭台の灯を減らしていく。

 全部消えても、カエリウスが安心して眠れるようになるまで毎日続けてくれた。


◇◇◇

 

 謁見の間、全ての貴族が集められた場で、十七歳のアルベリクは叫んだ。


「たとえ俺を支援しようとする者であっても、弟を害しようとする者は、俺を害しようとしているのと同じだ! 俺は何人たりともそれを許さぬ! 見つけ次第、弟に手を出す者をくびり殺してやる!」


 十二歳のカエリウスは母に肩を支えられながら、その背を見上げた。強大な怒気を纏う兄の姿は畏怖と同時に、何よりも力強い盾に思えた。


◇◇◇


 カエリウスを悪魔などと言う噂が立てば、父は苛烈な処断を下し、母は毅然と怒りを示した。

 普段は完璧に沈黙を守る使用人たちでさえ、このときばかりは口々に「殿下は悪魔ではない」と声を上げた。


 自分を守ろうとする家族の姿。自分を庇おうとする人々の温かさ。

 怯えて泣いていた日々を越えて、その光景だけははっきりと心に刻まれている。

 

 ――その「灯」は、長い夜を通しても完全には消え去らなかった。今も、彼の胸の奥でかすかに燃え続けているのだ。

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