33 闇に囚われた夜
――闇の中で、誰かが囁いた気がした。
「お前の中の王を目覚めさせよ」と。
その声と共に、忘れたはずの記憶が開いた。
八歳になったカエリウスが、迷路のように入り組んだ王城の庭園を歩いていた時のことだった。
背に一つに結った金の髪が揺れる。ふと、地面にキラリと光るものを見つけ、屈んで拾う。透明な小さな玉。日にかざすと、きらきら輝いて美しかった。
もう一つ。今度は青。両手にそれぞれ握りしめ、光に透かして眺める。嬉しくなって庭中を駆け回り、夢中で探す。侍女たちは微笑みながらその姿を見守っていた。
そして――生垣の下に赤い玉を見つけた。
手を伸ばした瞬間。
向こう側から伸びてきた大人の腕に、強引に引き摺り込まれた。
口に布を詰められ、両手を荒縄で縛られる。麻袋に押し込められた体は、台車の上に乱暴に投げ出された。ごとごとと揺れ、遠ざかっていく。布に滲む唾液が苦しく、息もできない。幼いカエリウスには声を出すことすらできなかった。
どれほど揺られただろうか。袋ごと床に投げ捨てられ、引きずり出される。
そこは薄暗く埃っぽい小屋。積まれた麻袋の影に、男が一人。
男はにやりと笑い、カエリウスを見下ろした。
「……本当に綺麗な顔だ。ただ殺すなんて、勿体ないな……」
鳥肌が立つ。必死に後退ろうとするが、縛られた手ではどうにもならない。壁に背をぶつけたところを顎を掴まれ、口の布を乱暴に引き抜かれる。
「何を――するんだ!」
「お前が綺麗すぎるのが悪い」
次の瞬間、体を抱きすくめられ、舌が首筋を這った。頭が真っ白になり、ただ足を振り回すしかなかった。
「やめろ! 触るな!!」
必死に叫び、暴れる。だが男は嘲るように囁く。
「生まれた順番と、その顔が悪い。諦めろ」
――我を忘れて、男の耳を噛んだ。
悲鳴と共に叩かれ、頬が熱を持つ。涙で滲んだ青い瞳で睨みつけたが、それは相手の嗜虐を煽るばかりだった。
「……離れろ、愚か者!!」
必死の叫びが小屋に響く。
その時。
扉が轟音を立てて弾け飛んだ。
「殿下!」
「ここだ!」
怒声と共に騎士たちが雪崩れ込む。
抱きついていた男は即座に斬り伏せられた。
自由になったカエリウスは、震える体で騎士の胸に飛び込む。
「……この人が、僕が綺麗だから、こんなことをするって言ったんだ! ……僕が悪いの!?」
騎士の顔が歪み、強く抱きしめられる。
「殿下! お忘れなさい! 貴方は何も悪くない!」
「でも……でも……!」
声にならない叫びと共に、カエリウスは大声で泣き続けた。
◇◇◇
その夜から、闇は恐怖に変わった。
部屋が暗くなると、小屋の匂いが蘇り、首筋に残る感触が幻のように這い寄る。
襟の低い服は着られなかった。必ず高い襟か、布を巻いて首を覆わずにはいられなかった。
夜は蝋燭を絶やさず灯し、震えて膝を抱えたまま朝を待つ。
安らぎの夜は――戻らなかった。




