30 ノパシリの王の告白
昼下がりの光が窓から差し込む広間。大きな卓の上には地図と駒が並べられ、戦士たちが集っていた。城内の喧騒は遠く、ただ緊張の空気だけが場を満たしている。
中央では、カエリウスとカムイチカが地図を挟んで胡座をかいて座っていた。
アルブレヒト皇国の聖女ソフィアと司祭ベネディクトは隣り合い、背後には聖騎士が控える。セレスタの近衛二人とアドリアンも固い表情で床に座り、対するカムルカ側は語り部ウタラと姫巫女トゥイラが並ぶ。その周囲を戦士たちが囲んでいた。
「昨日のあれは、貴殿の力か?」
「イコルに力を貸してもらった。……想定以上に威力が出た」
カエリウスが淡々と答えると、カムイチカはニヤリと笑い、カエリウスも釣られるように不敵な笑みを返した。
だが、セレスタとアルブレヒトの陣営からは「どういう意味だ?」「なぜ閣下が?」と囁きが上がる。
カエリウスは立ち上がり、人々を見渡した。金の髪は首の後ろで簡単に束ねられ、背で揺れる。青い瞳に陽が差し込み、金のように光った。
少しの沈黙ののち、彼は小さく息を吸った。
声に出した瞬間、何かが失われる気がした。
「セレスタ、およびアルブレヒトの面々には黙っていて申し訳なかった。
私には魔術を増幅する力がある。この地で“ノパシリの王”と呼ばれる存在――それが私だ」
トゥイラが静かに立ち上がり、カエリウスの隣に並ぶ。艶やかな黒髪が揺れ、瞳に力が宿る。袂を翻し、腕を掲げた。
「魔力を持つカムルカの民は気づいておろう。
彼こそが我らが求めしノパシリの王である! 平伏せよ! 王に我らの力を預け、今こそシリオペに安らぎを与え、シリカナヌプリを再び鎮めるのだ!」
その声に、カムイチカをはじめ戦士たちが一斉に額を床に着ける。
カエリウスはソフィアとベネディクトの前に膝をつき、彼らの手を取った。驚く二人の顔を順に見つめ、言葉を落とす。
「貴方たちは、この地では“カムイホロ”と呼ばれる。シリオペは我らで言うアンデッドだ。私が貴方たちの力を増幅し、殲滅する。初めに説明しなかったことを詫びる。……改めて協力してくれるだろうか」
二人は目を見合わせ、頷き合った。
「閣下の御心のままに」
「このわずかばかりの聖力、お役に立ててくださいませ」
カエリウスは微笑み、二人まとめて抱きしめた。悲鳴を飲み込む二人の姿に場に笑いが生まれ、緊張がわずかに和らぐ。
カエリウスは聖騎士たちに「二人を絶対に守ってやってくれ」と声をかけ、彼らは大きく頷いた。
一方、セレスタの近衛とアドリアンは顔を青ざめさせたままだ。
「閣下……つまり」
「私は前線に立つ」
「そんな! 危険です! おやめください!」
「私が立たねば、どう戦うというのだ!」
広間に喝が響き、場は凍り付いた。日頃穏やかなカエリウスから発せられた声に、誰もが息を呑む。
カエリウスは近衛とアドリアンの前に跪いた。
「無理を押し通すこと、それは詫びる。だが私は戦慣れしていない。君たちを頼りにしている」
アドリアンは深く額を床に着け、近衛二人もそれに倣った。カエリウスはその肩に手を置いた。
「我ら、カムルカの戦士も王を守る。そなたらも王の傍らに侍り、守り抜け」
トゥイラが声を上げ、近衛二人は震える声で「御意」と答えた。
カエリウスは頷き、「皆、面を上げてくれ」と告げる。
カムイチカが進み出て、手を挙げた。
「王に一つ進言がございます。王の力は強すぎて、この城をも壊しかねません。……シリオペを広野へ誘導し、囲い込んで殲滅するのはいかがか」
「確かに」
カエリウスは地図を見下ろし、深く頷いた。
「だが誘導の知識は私にはない。力を貸してくれ」
戦士たちは地図を囲み、方法を議論し始めた。
◇◇◇
会議が終わり、広間を出ようとした時、杖を突いたウタラが呼び止めた。
「……ノパシリの王よ」
老女の声は低く、人の減った広間を震わせた。
「覇者の剣に初めて力を求む時、王にもまた試練が訪れよう。
忘るるな――王を支えしは、血にあらず、縁なり」
カエリウスは顔を強張らせる。
「……それはどういう意味だ」
だがウタラはそれ以上語らず、背を向けた。振り返ったトゥイラも首を横に振る。
その言葉が胸の奥に刺さったまま、抜けなかった。
まるで心臓の鼓動が、何かを思い出せと告げているように。
遠くから人々が慌ただしく動く気配が聞こえる。しばしの静寂ののち、再び戦の刻は訪れる。
カエリウスは胸の奥の不安を振り切るように、瞳を細めた。




