3 ノパシリの王
セレスタ王国魔術研究所――アストラリオン塔。
石造りの塔を仰ぎ見て、カエリウス・セレスタは細めた目を陽光に向けた。
「ヴァルデン公閣下、こちらへ」
研究員に呼ばれ、背に編み込んだ長い金髪が揺れる。澄んだ青い瞳を、彼はちらりと秘書官アドリアン・ヴァロリスへ送った。黒髪短髪に藍の瞳をもつアドリアンは、手帳に視線を落とし、確認ののちに頷く。カエリウスも小さく応じた。
「亡命してきた姫とやらのいる場所に案内を」
「はい」
緊張に肩を竦める研究者の背を、カエリウスが軽く叩くと、彼は「ひぃっ!」と声を上げる。カエリウスは爽やかに笑った。
かつて第二王子であった彼は、兄アルベリクが玉座に就き、世継ぎが生まれたことで臣籍降下した。今はヴァルデン公爵として領地を治める。王族の籍を離れてなお、その威光は衰えず、彼の前に立つ者はこうして容易に緊張するのだった。
「カムルカか……遠いところから来たものだ」
「はい。海の向こうの小国です。魔術の盛んな国のため、閣下のご指示通り魔術対策を施した客室に」
「今は何をしている」
「フィオレンツ塔長が……お話相手を」
カエリウスは歩きながら空を見上げ、眉を寄せる。
「……人選を誤ったな」
「申し訳なく……」
研究員は腹を押さえ、痛みに耐えるような顔をした。カエリウスはまたも笑った。
◇◇◇
離れに用意された客室に入ると、ソファに一人の女が姿勢正しく座っていた。二十歳ほどか。長い航海を経てなお、黒髪は艶やかで、異国の髪飾りで簡素に結われている。
背後には短槍を負った女。部屋の隅では、若きフィオレンツ塔長に手を握られ困惑する男の姿。二人とも護衛だろう。
「こちら、国王陛下の弟君、ヴァルデン公カエリウス・セレスタ閣下であらせられます」
紹介に、カエリウスは鷹揚に頷いた。
「私は閣下の秘書官、アドリアン・ヴァロリスにございます」
アドリアンも深く一礼する。
二人が女の向かいに腰を下ろした。
「国王陛下の命により、あなた方の処遇は私が預かる。――名と目的を、改めて伺おう」
微笑みながらもカエリウスが低い声で告げると、伏せていた彼女の瞳がゆっくりと開く。
そして――カエリウスを見た瞬間、息を呑んだ。
「……ノパシリの王……?」
掠れた声。驚愕と祈りが入り混じる。
カエリウスは微笑を崩さぬまま、わずかに首を傾げる。
そのわずかな動きが、彼女の中の何かを決壊させた。
「ノパシリの王! 私は――貴方に会いに来たのです!」
トゥイラは椅子を蹴って立ち上がった。涙に濡れた瞳は真っ直ぐで、焦りと希望がないまぜになっている。
護衛の女が慌てて腕を掴み、「姫!」と叫ぶ。
アドリアンが即座に身を翻し、カエリウスを庇う。
それでも彼女は身を震わせながら叫んだ。
「カムルカを救うには――貴方の力が必要なのです!」
その声に宿るのは、絶望の縁に立つ者の切実な祈りだった。




