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27 流れる雲の下で

「……アドリアンたちが下の階にいなかったか?」

 柿の皿を手に現れたトゥイラに、呆れたようにカエリウスが問う。彼女はあっけらかんと笑った。


「ここは私の国だ。私は自由に動ける」


 セレスタでは常に気を張っていたのだろう。今の彼女には、どこか肩の力が抜けた空気が漂っていた。衣服もセレスタの衣装ではなく、カムルカの藍色の着物を着ていて、簡素ではあるがよく似合っている。

 カエリウスの隣にぴたりと腰を下ろすと、切られたオレンジ色の果実を楊枝に刺し、彼の口元に差し出す。

 カエリウスは抵抗せず、それを口に含んだ。


「……甘いな。美味しい」

「そうだろう、そうだろう。私は柿が好物なんだ」


 無邪気に笑うトゥイラを見て、カエリウスは窓枠に肘をつき、顎を乗せて微笑んだ。


「君は、そういうふうに笑うのだな」


 トゥイラは手を止め、顔を赤らめて俯いた。

「セレスタでは……私は笑っていなかったか」

「いつも怖い顔をしていた」

「ノパシリの王とカムイホロを連れてこられて、気が抜けてしまったのかもしれない。戦いはこれからだというのに」


 カエリウスは片膝を抱え、彼女の顔を覗き込む。

「ずっと張り詰めていては持たないだろう。いいんだ、それで」


 惚けたように青い瞳を見つめていたトゥイラは、ふと我に返ったように慌てて口を開いた。

「あぁ、そうだ。柿はついでだ。覇者の剣を持ってきた。今日は受け取ってくれるだろう?」

 カエリウスは軽やかに笑った。

「剣が“ついで”のようだな。……そうだな、受け取ろう」


 彼女の両手に載せられた覇者の剣を受け取り、脇に置く。

「貴方も、笑うのだな」

「私は本来、笑い上戸だ。君が私を脅かしていただけだろう」

「……そうか。私は焦りすぎて、やり方を間違えたのだな」


 窓の外を見やれば、人の往来は途絶え、空を流れる雲だけが速かった。窓枠に腕を置き、指で軽く叩く。


「カムイチカという青年は、君の許嫁か?」

「えっ……!?」

 トゥイラは気まずげに壁に視線を投げた。

「いい青年だ。大事にしてやりなさい」

「で、でも、私は本気で貴方を伴侶にしたいと思っている」


 外を見ていたカエリウスは視線だけを彼女に向けた。黒い瞳に灯る光が、切なげに揺れていた。

「カムルカを守るためだろう?」


 トゥイラの唇が何かを紡ごうと動いたが、それを遮るように彼が続けた。


「その覚悟を、美しいと思った。国を背負って立つ貴女は、本当に――目を離せないほどに。だから責めはしない。だが、私は伴侶にはならない。いいね?」


「……はい」


 薄く微笑むカエリウスに惹かれるように、彼女は頬へ手を伸ばす。けれど、その指先は静かに上げられた彼の手で阻まれた。潤んだ瞳が切なく細められる。


 カエリウスは小さく息を吐いた。思案するように自分の髪を少しだけ弄んだ後、その手を彼女の頬に添えた。そして自ら顔を近づけ、唇を重ねる。


「これが最後だ。もう二度と私に触れるな」


 額と額を合わせて紡がれる掠れた声は、言葉とは裏腹に優しく甘かった。

 トゥイラは彼の胸に手を押し当て、二人はもう一度、深い口付けを交わした。


 空を流れる雲だけが悠然と時を刻み、迫り来る戦いを忘れさせるように、静かな時間が二人を包んでいた。

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