20 寄り添う月の下で
アレクシスは窓に視線を向けた。夜はすっかり更け、白く大きな月と寄り添うように赤い月が煌々と輝いている。
「だいぶ遅くなったな……もう少し話してもいいか」
沈んだ琥珀の瞳を見て、カエリウスは目を細め、背後のアドリアンに視線を向けた。
「アドリアン、もう休んでいい。君の部屋は用意されているはずだ。私はしばらくここにいる」
アドリアンは主人の意図を汲み、静かに一礼して下がった。
◇◇◇
「どうした。話したいことがあるのだろう?」
従者たちが退き、二人きりになると、カエリウスは切り出した。ワインを注いでグラスを差し出す。赤い水面がゆらりと揺れる。
「……クラリッサのお腹に、俺の子がいる」
「めでたい話じゃないか。知っていれば何か祝いでも持ってきたのに。何をそんなに気に病んでいる」
アレクシスは唇を噛み、言葉を探した。
「……俺は兄上から玉座を奪った」
「君の本当の兄君は、好き放題していたからな」
「そうだ。はじめは田舎の領地に押し込もうとした。だが、彼は権力に囚われすぎていた。やむを得ず、幽閉した」
蝋燭の炎が彼の瞳に揺らめく。
「そして……最後は、俺が毒杯を渡した。痙攣し、血を吐き、死にゆく兄を見下ろして……俺は“これでいい”と思っていた」
カエリウスは額に手を当てた。忘れようと封じてきた記憶――毒に苦しむ人間の姿が脳裏に甦りそうで、静かに目を伏せる。
「けれど、クラリッサの懐妊を知って、怖くなった。あの時の俺を、彼女には知られたくない。これから生まれてくる子どもにも……。王には冷徹さも必要だと分かっていたはずだった。だが、本当は何も分かっていなかった」
まだ二十歳の若さ。その背に背負うには、あまりに重いものだろう。
カエリウスは小さく息を吐き、隣の席を軽く叩いた。
「アレクシス、こちらへおいで」
琥珀の瞳が揺れ、ためらいながらも彼は移動する。カエリウスは覗き込むようにその顔を見、背中を撫でた。
――かつて、自分も同じように撫でられた夜があった。
恐怖に震える小さな自分の背に、兄アルベリクの手が置かれた時の温もりが、不意に甦る。
「俺は……本当に兄を殺すしかなかったのか。本当に、生かす方法はなかったのか」
「アレクシス。君は王として決断し、行動した。それは誇るべきことだ。だが――君の疑念は、生涯君を苦しめ続けるだろう」
その言葉は冷たくも、慰めだった。
「だから踏ん張れ。倒れそうになったらクラリッサ妃にちゃんと甘えろ。それでも耐えられなくなったら、私を呼べ。少しくらいなら支えてやれる」
琥珀の瞳から涙が落ちた。カエリウスは親指でそれを拭い、強く頭を撫でる。
アレクシスは堪えきれず、カエリウスの膝に縋り付いて泣いた。カエリウスは静かに彼の頭を撫で続ける。
「……本当に君は、甘えただな」
燭台の炎が揺らめき、窓の外では、白い月と赤い月が寄り添いながら夜を照らしていた。




