16 カムイホロの名
「まず、私の力について話す。カムルカの巫女だけが持つ浄化の炎――モシリカの炎を、私は扱える」
トゥイラがそう告げると、カエリウスはゆったりと歩を進め、彼女の背後の壁に寄りかかった。腕を組みながら問う。
「先ほどイコルが見せた炎と違うのか」
「違う。この炎はシリオペを押さえつけることができる」
「浄化と言ったな。それでアンデッドを倒せるのか?」
青い瞳が細められる。トゥイラは小さく首を振った。
「……できない。ただ押さえつけるだけだ。シリオペ――我らの言葉で“大地に還れぬ者”。それには赤い炎も効く。物理的な力でも倒すことはできるが、効率は悪い。
私の青い炎は、奴らの根を掴んで縛ることができる。だが扱える者は少なく、力も弱い。だからこそ、我らはノパシリの王を求めている」
カエリウスは顎に手を添え、視線を鋭くした。
「我らの知る方法では、アルブレヒトに生まれる聖力ならば魔物の浄化が可能だ。……カムルカを襲っているシリオペと、魔物は別物なのだろうか」
「聖力……?」
トゥイラの黒い瞳が見開かれ、唇が震えた。聞き取れないほど小さく呟く。
「カムイホロ……そのアルブレヒトのことなのかもしれない。ノパシリとは魔術増幅を指すだけではなかったのかも。試練の時、モシリカの巫女を惹きつけ、カムイホロに繋ぐ役割も……」
彼女の声が震えるたびに、空気が微かに震えた。
カエリウスは無意識に拳を握る。――何かが呼応している。自分の中の何かが。
「なんだって?」
カエリウスが眉を顰めても、トゥイラはぶつぶつと呟きを続ける。やがて意を決したように、彼の前に跪いた。
「ノパシリの王! 無理を承知で頼む。どうかアルブレヒトの力をカムルカに借りられないか、渡りをつけてもらえないだろうか」
「ちゃんと説明をしろ。君は言葉を省きすぎる」
促され、トゥイラの瞳に強い光が宿る。
「カムルカの語り部、ウタラ婆が言っていた。神山シリカナヌプリの試練の時、我らモシリカの総力、セレスタのノパシリの王、そしてカムイホロが揃えば道は開ける、と。
だが“カムイホロ”が何を指すのか、代々の伝承の中で失われてしまった。
だから我らは、せめてノパシリの王を求めてここまで来たのだ」
カエリウスは編み込まれた自らの髪を指先でなぞり、少しだけ黙考した後、壁へと視線を逸らした。
「……私の言葉で、そのカムイホロがアルブレヒトではないかと思ったのだな」
深く嘆息し、腕を組む。
「アルブレヒトに聖力保持者を貸せというのは、国宝を貸せというのと同じだ。幸いにも、私はアルブレヒトの王と良い関係を築いているが……容易ではないと思え」
「……それでも、貴方が動いてくれるのか?」
「陛下が助けると決めたなら、私は最善を尽くすしかないだろう」
「感謝する」
トゥイラは深々と頭を垂れ、やがてゆっくりと立ち上がった。
実験場の中央に進み出ると、両の手をかざす。
「では、貴方に見せよう。我がモシリカの炎を」




