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10 恐れを抱く者

 イコルとサラナは揃って深く頭を下げた。

 幻影としてトゥイラが訪れた翌日、カエリウスは離れを訪れたが、彼女は昨夜から床に伏しているという。


「寝込んでいるとは……どういうことだ」


 通された部屋のソファに、彼女の姿はない。

 イコルとサラナは頭を垂れたまま続けた。


「あれは、とても体に負担がかかるのです」

「ヴァルデン公閣下に会うために、姫はご決断されましたが……やはり体が耐えられませんでした。せっかく足を運んでいただいたのに、申し訳なく……」


 カエリウスは黙した。

 昨夜の出来事はアドリアンに伝えていない。背後から責めるような視線を感じたが、どうしても言葉にはできなかった。


「そうか……。君たちが私に話せることはあるか」

「いいえ」


 短い応答のあと、カエリウスは立ち上がり扉へ向かった。

「また、日を改める」


 背後で衣擦れと共に、深い礼をする音が聞こえた。


◇◇◇


「閣下」


 馬車の中。壁に身を預け、目を閉じていたカエリウスはゆっくりと瞳を開いた。

「どうした」


 アドリアンは正した姿勢のまま、藍の瞳で真っ直ぐに主人を見ている。

「話してくださらなければ、我々は貴方をお守りできません」


「……そうだな。すまない」

 藍と、カエリウスの青の瞳が交わるも、沈黙。車輪の響きだけが続く。


「……それでも、話してはくださらないのですか」

 アドリアンの問いに、カエリウスは窓の外へ視線を逸らした。

 答える気配のない主人に、アドリアンは膝の上で拳を握り、唇を噛む。


「普段はおしゃべりなくせに、大事なことはいつも隠してしまわれる……」


「そうだったか?」


 編まれた金の髪が肩に落ちる。

 端正な顔立ちと澄んだ青の瞳――人の目を惹きすぎるその容姿に、どれほど彼が悩まされてきたか。アドリアンは知っている。


 カエリウスは深く、長い息を吐いた。

「アドリアン。私は――怖いんだ」


 髪を背に戻し、寂しげに微笑む。その姿は、忠実な秘書官ですら息を呑むほどに美しかった。


「怖がりの主人で、君には苦労をかけるな」


「閣下……。私は苦労などと思ったことはありません」

 アドリアンが少しだけ身を乗り出すも、言葉が真に主人に届くことはない。

 カエリウスは一度だけ微笑み、窓の外へ視線を移した。

 それ以上、言葉は紡がれなかった。


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