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【1】

 僕以外の客がいた。


 いつもは夕方に行く喫茶店へ今日は昼の内に訪れると、カウンター席の一番端に黒髪の女性が座っていた。


 この店で僕以外の客を見るなんて思ってもみなかった。しかも、僕がいつも座っている席で、さらにその女性が見知った顔であったために、驚きはさらに加算された。


 白のパーカーに黒のスカート。靴は白と黒の縞模様。モノクロで、1人オセロな服装で、その女性はストローでアイスカフェオレを飲んでいた。氷はまだまだ賑わっているから、来店したばかりのようだ。


 予想外の光景に足を止めていると、その女性がこちらを向いた。そして、とても見慣れた微笑みをし、こっちへ来て、というジェスチャーをした。

 僕はその要求に従い、彼女の、高校の同級生であった稿込(わらこめ)りらりの隣へと座った。


「久しぶりね、(みのる)くん。卒業以来かしら? 相変わらず面白みのない髪型ね。ツインテールにしたらどう?」

「それ、まだ諦めてなかったのかい?」

「似合うと思うのだけれど」

「そう考えているのはりらりだけだよ……」


 数年ぶりに会ったというのに、何の感慨もないノンアルコールな会話だった。

 けど、これくらいが僕たちらしかった。


「そうだわ。実くん、ジャンケンをしましょう」

「勝っても負けても僕にカフェオレを奢らせる気なのは知っているよ? だからジャンケンはやらない」

「違うわ。カフェオレだけではなくて、サンドイッチもあるわよ」


 余計に酷かった。


「サンドイッチもあったんだね……」

「過去形じゃないわ、これからよ。ほら、ちょうど来たわ」


 と、この店の主であるデーマさんがサンドイッチを運んできた。


「お待たせ。って、あれ? 面隠(おもかくし)さん? 珍しい、まだお昼なのに」


 サンドイッチを置き、デーマさんは驚きの目を僕に向ける。


「ちょっと時間ができたんですよ。あ、注文いいですか? アイスコーヒーを1つお願いします」

「ちょっと待ってて」


 デーマさんはお辞儀をし、厨房へと歩いていった。


「店長さんと親しげだったけど、よくこのお店に来るのかしら?」


 りらりがストローでアイスカフェオレを混ぜながら言う。


「そうだね、常連だよ。いつもは夕方に来ていてね。その時間帯は大抵、僕以外には他のお客さんがいないんだよ。だから自然、デーマさんとよく話すようになったんだ」

「なるほどね。私もこのお店の常連なのよ。と言っても、通い始めたのはこの1ヶ月くらいだから、常連と自称していいかどうかは微妙だけれど」

「1ヶ月のほとんど来ていれば常連と言ってもいいんじゃ――って、あれ? りらりの家はこの辺りじゃないだろう? 通うのは難しくないかい?」


 僕の家からこの喫茶店まで徒歩10分はかからない。そして、僕とりらりが通っていた高校は僕の家から大体徒歩で10分。で、りらりは電車通学だった。

 なので、りらりが日常的にこの喫茶店へ訪れるのは、不可能ではないが、何かと手間がかかるはずだ。


「最近引っ越してきたのよ。仕事の都合でこっちに移り住んだ方が楽だったから。それで、学生時代には見かけなかったお店があったから入ってみて、カフェオレや料理の味が好きになって、今に至るというわけ」

「気に入ってくれてありがとう」


 りらりがこの喫茶店を称賛していると、デーマさんが僕のアイスコーヒーを持ってきてくれた。

 そして、僕とりらりのことをデーマさんは交互に見て、質問をしてきた。


「ところで稿込さん。この前、稿込さんが話していたの、もしかして面隠さんのこと?」

「えぇ、そうです。私にオムライスを振る舞うと言って、スクランブルエッグを出してきた同級生というのは彼のことです」

「その話をしたのかい? ちょっと、いや、だいぶ恥ずかしいな……」


 いつもは作れていたので、りらりに対しても作れると思っていたのだが、なぜかあの時は失敗してしまった。スクランブルエッグを提供されてきょとんとしたりらりのあの顔は今でも思い出せる。


「私がこのお店に来る時、大抵、他のお客さんがいないのよ。だから自然、店主さんとお喋りするの」


 昼も夕方も閑古鳥。夜しか賑わっていないのだろうか? いやでも、この店は人によってはまだ夕方と判断するような時間までしか営業していないはず。

……経営、大丈夫なんだろうか。

 なんて、現在は無職の僕が考えることではないか。まずは自分について結論を出してからだ。


「他にも色々話したわよ。それこそ、列挙していたらキリがないくらいには」

「逆はないね。面隠さんから稿込さんの話、聞いたことない」

「あら、それは少し寂しいわね。私は実くんの隅々まで知っていて、実くんも私の隅々まで知っているというのに。私の話はせずに、何の話をしていたのかしら?」


 そう言って、りらりはサンドイッチに噛り付く。


「僕から話をするよりも、デーマさんから投げかけられた話題に返答していることがほとんどかな」

「面白いアニメ、教えてもらった」

「だから僕は、りらりどころか他の友人についても、あまりデーマさんには話していないんだよね」

「つまり、大人になっても実くんは自分から話すことはあまりしていないということね」

「面隠さん、人見知り?」

「どうだろう。社交的じゃないという自己認識はあるけど、人見知りとまで表現していいのかは判断に悩むところだね」

「そういうことを考えている時点で人見知りだと思うのだけれど?」

「でも、りらりと初めて会った時は、普通に会話できていただろう?」

「会話はできていたけれど、ビックリはしていたわよ?」

「1人プレイだと思っていたのに、いきなり2人目が隣に現れたらビックリするよ」

「うん? どういうこと?」

「僕たち、同級生ではあるんですけど、最初に会話したのは学校ではなくて、ゲームセンターなんですよ」


 入学式が終わり、特に用事がなかった僕は高校から近く、家からも近いゲームセンターへと足を延ばした。

 僕がその当時ハマっていたリズムゲームをいつも通りソロプレイで遊ぼうとしていると、突如として同じ制服を着た少女が、お金を入れて、


「初めて遊ぶから、教えてちょうだい」


 なんてことを言い出したのだ。

 それがりらりで、そこから僕たちは高校三年間を楽しく過ごした。


「地元から離れた学校だったから、どうしても友達が欲しかったのよ。でも、教室ではどうにも誰かに声をかけることができなくてね。それで、何となく立ち寄ったゲームセンターに同じクラスの人がいるじゃない? ならもう、どういう状況であっても一緒に遊ぶしかない。そう思ったのよ」

「うん、何回聞いてもその行動力には感服するよ」


 僕だったら、日を改めてしまう。たとえその日、リベンジする機会が巡ってきたとして、実際に話しかけるなんてことはできないだろう。

 というの口にしたら、人見知りだと言われそうだった。


「ところで実くん。今日この後、暇かしら?」

「まぁ、暇だよ。何の予定もない」


 偶然ではなく、意図的に暇にしているんだけど、そこはまぁ、りらりからすれば余計な情報だろうから、言わないでおこう。


「なら、今話したゲームセンターに行ってみない?」

「いいよ、行こう。幸い、小銭はたくさんある」

「決まりね。それじゃあ、ジャンケンを――」

「だから、奢らないよ?」

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