3歳で知る世界②
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予定通り両親が畑仕事に出掛けている間、僕は家の中で留守番。家は3階建てで、一階は農作業に使う道具とか、収穫品の置き場になっている。2階が居住スペースで、ダイニングキッチンとリビングの他に部屋は3つ、浴室もあって、シャワーも付いている。3階にも2部屋あるけど、今は物置。
留守番をしている所は2階の寝室で、隅には僕の為に用意された物が置かれている。積み木や絵本、誕生日に貰ったプレゼントもある。
僕は3歳の誕生日に貰った魔法の教科書を開く。少し古ぼけた本、知らない言葉もあって、まだ半分も読めていない。
両親の時間がある時に、言葉を教えてもらっては少しずつ読み進めている。分からない単語を指差すと、前世で見たクイズの番組みたい、競い合うようにふたりは手を上げる。どちらが早いかは魔法で判定していて、負けた方は大人しく引き下がる。そんな魔法がある事に驚いたけど、前世にあったビデオ判定と似たようなもの、人の考えることは世界が変わってもそんなに変わらない気がした。
魔法の教科書によると、魔法はこの世界の住人なら誰でも使えるらしい、魔素というものが空気の中に含まれていて、それが様々な現象を起こす源なのだそうだ。酸素の上位互換、僕はそんな風に理解した。魔素を体の中で使えば身体能力が上がり、体の外で使えば不思議な現象を起こすことが出来る。
体の外で使う場合、現れる現象が雷であったり風であったりするのは、その人の素質が関係。確認されている現象は火、水、熱、冷却、雷、風、の属性があるらしい。一人にひとつの属性で、僕の父親は風、母親は雷の属性。僕については、まだ分からない。
魔素を活用出来る機能が体に備わるのは、二次性徴の時期と同じらしい。そして、この世界では魔法を使えるようになると大人として見なされる。
「大人...」
前世で僕はきちんと大人になれていただろうか。18年以上生きて、仕事をして、生活費を稼いでいたけど、それで大人だと言えたのだろうか。窓から外を覗けば、働いている両親の姿が見えた。
大人とは何だろうと漠然と考えてみる、でも答えには辿り着かない。答えがあっても、それが答えにならない。円周率みたいに、3.14でも3.141592でも合っているけど、本当は違う。いつまで経っても答えがでない。
細く息を吐いて、僕は魔法の教科書をそっと閉じる。
魔法の教科書の表紙には、空に浮かんだ島が描かれている。両親に初めて聞いた質問はこれだった。
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「これはなに?」
「「それはね」」
両親の声が重なる。
「ちょっとアレク、ライトは私に聞いたのよ」
「いや、イライザ。僕に聞いたんだよ」
どっちが質問に答えるかで揉め始める両親「私よ」「僕だよ」と、どちらも譲るつもりはない様子。いつものじゃれ合いが始まったと思いつつも、ふたりに挟まれた僕はどうすべきかと悩む。もし、どちらかを選べと言われたらと考えると、積載量を超過した飛行機が飛べないように気分も浮かない。
僕は両親の手を取って持ち上げようとする、そして「早いもの、かち」と笑顔を見せることにした。
「「ライト」ちゃん」
「イライザ」
「そうねアレク、あなたの魔法で判定できるかしら」
「ああ、勿論。空気感知これでどう?判定は1フィートにしておいたよ」
両親の周りの空気の見え方が変わって、あらたな空気の膜に包まれたみたい。母親は頷いて真剣な面持ちになる。
「ライト、もう一度頼むよ」
父親の真面目な声に、大事になってきたような気もする。僕はごくりと息を飲んで呼吸を整えた、飛行機に初めて触れる時のような緊張感。少し震える手で表紙を指差す。
「これはなに?」
瞬間、時が止まり、モノクロの景色に変わったかのような錯覚を覚えた、ふたりの腕の速さにより相対性理論が証明される、そんな馬鹿げた思考が浮かぶぐらいの速度。
勝者を称えるかのような風が吹いて、決着がつく。母親のきれいな髪がなびいていた。
「これは私達が暮らしている世界の全体図よ」
「島の上?」
「そうね、湖に浮かぶ小島を何倍も大きくした島の上で私達は暮らしているの。ライトちゃんはまだそんなにお外に出た事がないから見た事がないけど、天気のいい日には遠くに同じような島が浮いているのが見える事があるわ」
そう言うと、母親は父親に視線を合わせて水を向けた。
「そうなんだよ、ライト。今度三人で見に行こうな」
大きな島が空に浮いている、重力の干渉はどうなっているのだろう、考えても無駄。魔法がある世界、大きな島が浮いている理由もきっと幻想的なもの。
僕は想像する、浮いている島から島へと飛行機に乗って飛んでいく自分を。胸が高鳴り、周囲の気圧が上がる。高く高く飛べそうな気がした。
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表紙を指でなぞる、世界の端まで行くことだっていつか出来るだろう。再び本を開いて、僕は分からない単語を探しながら留守番をする。時間は光の如く流れて行く。
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つづく