一歳の誕生日
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この世界に来て、もうすぐ一年になるらしい。どうしてそう思うのかと言うと「生誕際」や「誕生際」といった言葉を父親と母親からよく聞くようになったから。だけど、僕はこの暮らしが一向に慣れていなかった。
そもそも、人間の自我が芽生えるのは1歳半ぐらいで、確立するのは3歳、体験を記憶として残せるようになるのは3歳半頃だというのに、僕ときたら既に自我は確立され、記憶も思考もできるのだから違和感を持つのは当たり前。
それに僕は眠る事が多かった。前世で赤ん坊は眠ることが仕事だと聞いたことがあるけど、僕は一日中、眠る事もあった。父親と母親も心配して一時期は医者らしき人達に相談していたけど、結局、原因は分からずじまい。幸い、発育状況に特に問題はなかったので、様子見。
父親と母親は楽観的なのか、暗く塞ぐ事もない、少し子どもへの思いが強い気もするけど、楽しそうにしている。
そのおかげで僕も悲観的に成らず、自責の念に駆られることも無い。というのも、多く眠る原因は転生したからではないかと僕は思っているから。成熟した精神の負荷に、まだ幼い脳が長時間は耐えられず、休むことを選択しているのではないだろうか。
「ライトちゃん、眠たいの?」
考え事をし過ぎたみたいで、目を開こうとしても油圧で押されたみたいに瞼が閉じてしまう。母親の声が聞き取れなくなる、僕は眠りの世界へとフライト。
「「お誕生日おめでとう」」
装飾を施された部屋に、高いトーンの声が響く。嬉しそうな表情の父親と母親、二人揃って僕を囲んでいる。小さなベビーベッドには色んな玩具が置かれている。何の動物かは分からないけど、やわらかな木の様な素材で出来たそれを僕は手に掴んで、振り回す。
自分のことながら何をやっているのかと、気恥ずかしくなる、だけどそれが精一杯のお返し。まだ上手く喋ることが出来ないで良かった、もし言葉で返さないといけないのだとしたら、何と言えば良いのか分からない。
「ねぇ見てアレク、私が選んだプレゼントをあんなに嬉しそうに振り回しているわ」
「イライザ...あれは僕が選んだプレゼントだよ、君が選んだのはあっちの音の鳴るおもちゃじゃないか」
「アレク、嫉妬は醜いわよ。よく思い出して」
険悪なムードが徐々に漂い始める、気遣いでした行為が仇となってしまった。僕は慌てて手探りで音の鳴る玩具を探す。カラン♪と音がして、これだと思い、さっきと同じ様に振り回す。カラン♪コロン♪カラン♪
映画に出てくるような小さな喫茶店のドアベルの音が鳴る、この世界ではこのような音が赤ん坊をあやす音なのかと世界の違いを感じる。
「喫茶店の音ね」
普通に喫茶店の音だった。
「イライザ、今ので思い出したよ。このプレゼントは全てふたりでカタログを見て、一緒に選んだじゃないか、どうして君はライトの事になると張り合って一番になろうとするんだい?」
「ちっ、覚えていたか」
「え?イライザ?」
え?舌打ち?父親の顔が固まって、僕も振り回していた玩具の手を止めてしまう。
「だって、ずるいじゃない!父親は娘に大きくなったら、パパのお嫁さんになるって言われるのでしょ?でも母親は息子に大きくなったら、ママの旦那さんになるなんて話を聞かないじゃない」
「いや、それは確かに聞いたことないけど」
前世でも聞いたことがない。男の子は親から離れて行くものという風潮と、母親にベッタリしていてはマザコンと揶揄される事があるからかも知れない。どちらも僕には縁のなかった話。
「それに息子は父親と何かって言うと、男同士の秘密とか友情とか言ってママを除け者にするのよ」
今にも泣き出しそうな声、胸が締め付けられる。感情というものはどうして伝播してしまうのだろう。部屋の空気が変わる、ひとつの異常がコックピットにある全ての計器を狂わすみたいに。
「イライザ、ライトは誰と誰の子どもだい?」
「...アレクと私のこども」
「だろ?僕たちの子どもがイライザを除け者にすると思うか?この子の女性のタイプだってきっとイライザのような女性になるさ」
「アレク...」
異常が修まれば、何事も無かったみたいに元通り、前よりも調子が良くなることだってある。母親と父親は見つめ合って何だかいい雰囲気。
一歳の誕生日。このような経験を記憶することが出来るのは世界でひとり、僕だけだろう。
また瞼が重くなって、眠りの世界にフライトする、ランディングギアが仕舞われる前に、僕は母親がタイプのマザコンはちょっと遠慮したいなと玩具を握りしめた。
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つづく