母のち父、時々オムツ
+++++++++++++++++++++++++++++++✈️
「ライトちゃん!」
蝶番が悲鳴をあげる程に勢い良く開かれるドア。勢いは収まらず、限界まで開かれた反動でドアは自動ドアのごとく閉まり始める。悲痛とも取れる呼び声が届くや否や僕は抱き抱えられて、それと同時に何かがドアにぶつかった音がした。
「どうしたのライトちゃん?ママが恋しかったの?」
視界が急転し柔らかな感触に、からだ全体が包まれる。僕は前世で見た無邪気に笑う赤ちゃんの映像のようにキャッキャと笑ってしまった。生後一年未満の時に自我を持っていた事なんてなかったから、この気持ちがどこから来たのか分からない。初めての経験で、僕は自分の感情に着いていけない。
「イライザ」
声がして両腕に収まったまま顔を向けると、額を赤く腫らした人が手を此方に差し伸べていた。さながら、管制塔と滑走路の体を成していたけど、雲に阻まれて着陸は出来そうにない。滑走路は移動して僕という飛行機を迎えようとする、雲はくるりと回って背を向ける、昨日の雲はたくましく、今日の雲はやわらかい。
背中が回ること、2度3度。僕とオムツも一緒になって回るけど、心配することはなく、オムツの問題は既に解決している。
「アレク」
滑走路にはいつの間にか使用済みオムツが着陸していて、僕には新しいオムツが換装されていた。この世界には魔法が存在しているようで、オムツ交換も裸に剥かれて交換ということは無く、おかげで紳士な僕は羞恥心に悶えずに済んだ。
もし僕が露出趣味を持っていたとしたら、この境遇を残念がっただろうが、生憎そんな趣味は持ち合わせていなかったので良かったと思う今日この頃。
「イライザ、君はまたそうやって、ライトを独り占めしようとする」
「それは昨日、私があなたに言ったセリフよ。それより早くそのオムツを処理してきてね、アレク」
「うっ、だ、だが、そっそうだ!今、思いついたんだが、このオムツは私達の子どもが生んだもの、それはつまり私達の孫と言えるのではないか?どうだろう、この孫と子を交換してみないか?」
「...」
父よ、母と私の周りの空気に流れに変化が発生しています。大体、排泄物を子とするなら、私たちは毎日のように子を捨てている薄情者になるじゃないですか。もう、そんな名案を思い付いたみたいな顔をしていないで早く逃げて下さい。その際は手に持った荷物を忘れずにお願いしますね。
「...使用済みオムツと可愛いライトを同列に扱うなんて!」
「ダー(あてんしょんぷりーず)」
アーク溶接のような音がして、母と僕の周りに電気の糸が見える。その糸は形を変えて大きくなり指向性を持ち始め、放たれるのを今か今かと待ち始めた。父はどうしたというのか、その場で立ち尽くしている。燃料の切れたプロペラみたいにウンともスンとも動かなくなった。
「イライザ、君の言う通りだ。私は欲に目が眩んでとんでもない発言をしてしまった、さぁ早く、この愚か者に罰を与えておくれ」
「あなたっ...紫電!」
悲痛な声とは裏腹に、容赦なく浴びせられる電撃。父は器用に使用済みのオムツを空中に停止させたまま、その身に電気を浴びている。目と口から光が漏れている姿は驚嘆を越えて、感動を覚える。
今の状況にタイトルをつけるなら「光る父に母とボク、部屋に使用済みのオムツが浮いて」だろう。我ながらのセンスの無さに、首を座らせてしまう。電気を浴び終えた父は煙を立てて、直立したまま倒れていく。そして、父のお腹に乗る僕のオムツ。
...今日は特別な物が乗っているが、この姿を見るのはもう何度目かになる。初めて見た時は、あまりの出来事に声も出ない程に驚いたし、数分後にはケロっとしている父の姿を見て唖然ともした。少しして分かったことは魔法があるんだという事。
生後9ヶ月の今は、その仕組みも原理も分からないし、調べようもないけど、成長して使えるようになるのが楽しみで仕方がない。僕は勇者となる為に転生したのだから。
元大橋頼人は、この世界でライト・K・フライヤとして生きていく事になったのだ。
「さぁライトちゃん、すっきりした事だしママと一緒にお散歩に行きましょうね」
ただ、こうして雲にさらわれて行くのも悪い気はしない。
+++++++++++++++++++++++++++++++✈️
つづく