母さんと浴室
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視界に写る全てが作り物のように思え、流れる汗が酷く冷たい。家の近くに馬車が止まっていて軍の服を着た人が所在なく立っている。乾いた土を踏む音が他人事のように聞こえる。
家に帰る途中聞いた話では、父さんは無理をしていたという話。いつも「息子を戦場に立たせてたまるか」と息巻いていたらしい。誰よりも多くの敵を討ち取ろうと前線に出てその名を挙げ、空の騎士と呼ばれるようになってもそれは変わらなかった。変わらないどころか僕が王都で暮らすようになってからは更に苛烈さを増したそうだ。
それは端から見ても異常な程だったと軍の人は言う。膝を着きながらも戦場を飛び回る姿には味方でも畏怖を覚えたとか。
今回は周りの制止も聞かずに一人飛び出した所を狙われ大怪我を負ってしまったらしい。それで前もって取られた調書、緊急事態が起きた際の希望により家に戻っているとの事だった。
足音に気付いた軍の服をきた人が敬礼をしている。僕は気が付いていない振りをして家に入る。数ヵ月ぶりに開けたドアは何も変わらないが、出迎えがない。
父さん達の寝室から声が聞こえてきて、足が進む。見慣れた家の壁が前よりも濃く見え、部屋の前には知った顔がいた。だけど誰とも目が会う事はなく誰かが僕の名前を呼んだ気もするけど、重たい空気に阻まれたのだろう、届く事はなかった。
部屋のドアが開いて、デュモンさんが白衣を着ている姿が目に入った。母さんが僕に気付いて、振り向いて目が合う。
泣くのだろうと思った。父さんの顔には白い面布が掛けられていて、ニコがすがり付いていて、デュモンさんの奥さんが医療器具の片付けをしていたから。だけど「おかえりライト」そう言って母さんは微笑んだんだ。こんな時でも涙ひとつ見せないで気丈に振る舞う。
「ライト、私は席を外すからね。アレクにお別れを」
デュモン夫妻と共に部屋の外に出て、村の人達にもお引き取りを願いフライヤ家だけが家に残るようにする。部屋に残された僕とニコと父さん。僕は側に寄り、泣いているニコの横で白い面布を外す。死に化粧を施された顔は綺麗で、触れると指に白粉が付いた。
「兄さん、パパが」
「うん」
顔を上げたニコの顔は泣き腫れている。今度は父さんの体に触れて確かめる、硬い感触が手のひらに伝わる。耳にはニコの泣く声が聞こえて、居たたまれなくなって後ずさりする。そのまま部屋を出ると、浴室からシャワーが流れる音が聞こえてきた。いったい誰がと浴室へと足を向ける。
「ママが泣いているのよ」
後ろから声が掛かり僕を止めた。ニコは泣きながら怒っているような顔で話を続ける。
「ママが泣く時はいつも私達に気付かれないようにシャワーを流すの、パパが戦場に行って、兄さんが王都に行ってからその頻度は増えたわ。いつだったか兄さんが勇者の称号を貰った日もママは泣いていた」
「そんな...」
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いつだって誰かの笑い声が聞こえていて、悲しいことなど無縁だと勘違いしていた。そんな勘違いが出来てしまうほど僕は守られていたんだ。
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「そんなって!そんなことも知らないで。パパも兄さんも」
「...ごめん」
自分のことばかりだった。父さんがどういう思いで戦場に出ていたのかも、残された母さんとニコがどんな思いを抱えていたかも考えた事がなかった。
「どうしたの二人とも?こんな所で」
浴室から出てきた母さんはいつもと同じ調子で僕達に話しかける。アイラインがくすんでいて、声だって少し枯れていて無理していることが分かる。相変わらずこんな時、何と言えばいいのか分からない。
「アレクを一人きりにしちゃ可哀想よ、さっ二人とも戻って」
「うん、ところでママお化粧がヘタになった?そんなメイクじゃパパに笑われるよ?」
「ヤだ!ちょっと直してくるから、二人とも先に戻って。今夜は家族皆で過ごしましょう。ライトも大丈夫よね?」
「うん、大丈夫」
キースさんからは3日の暇を言い渡されている。ニコと父さんの部屋へと向かいながら、言われた事を思い出す「そんな事も知らない」ニコの言う通り、僕は何も知ろうとしなかったんだ。
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つづく




