第6章:揺らぐ命
日が傾き、戦地の空がゆっくりと紫に染まる頃、天幕の奥で一人の男が生と死の境をさまよっていた。
副団長セイランは、仮設の救護所に設けられた一角に寝かされていた。
頭部と右頬、眼窩にかけて折り重ねた白布が幾重にも押し当てられている。
血はなおも滲み、布の中心を濃く染め上げては、周縁へと静かに広がっていく。
交換しても交換しても、じわりと滲み出る血は止まらず、軍医の表情に焦りの色を濃くさせていた。
「出血が……まだ止まらんのか!」
軍医アレスの声が、静かな天幕の空気を裂いた。額には深く汗が浮かび、指先は微かに震えていた。
彼の目の前にあるのは、王国直属の副団長――それも、最前線を支え続けてきた男の瀕死の姿だった。
氷袋が幾つも、セイランの額や首、脇下に配置されていた。しかし、次々とぬるくなり、役に立たなくなっていった。
冷却水を含ませた布が額に置かれても、その熱にすぐに温まってしまう。
「高熱が止まりません…!」
若い衛生兵の報告は、震えを隠せなかった。
記録板を持つ手は湿っており、緊張と汗が指先を滑らせていた。
アレスは唇を噛んだ。前線に送られた薬は限られている。
セイランの唇は乾ききってひび割れ、全身に冷たい汗がにじみ始めていた。
寝具は湿って重く、寝返りすら打てずに冷えた汗が皮膚に張りつく。
閉じた瞼の下で、眉が微かに寄る。
「意識が……反応が鈍い。昏睡に近い状態だ」
アレスは小声で呟くように言った。
隣で動きを止めた若い衛生兵が、黙って顔を伏せた。
そして――
夜半すぎ、突然、全身が痙攣を起こした。
「熱性の痙攣か!? 鎮静剤を――!」
アレスが叫び、周囲が慌ただしく動く。セイランの身体が跳ねるように震え、包帯の下から血がじわりと滲み出た。
「しっかりしろ……!」
――死なせるわけにはいかない。
アレスは緊張で冷たくなった自身の手をぎゅっと握ると、セイランの腕に感染予防の薬を注射する。
兵たちの手が次々とセイランの周囲を囲み、誰も言葉を交わさぬまま、ただその命を守ろうとしていた。