第5章:意識
叫びと共に、ようやく味方の兵が横から飛び込む。
金属が交わる音が響き、続けざまにもう一人が敵の脇腹を貫く。
敵の身体が大きく震え、そのまま泥に沈んだ。
セイランは、荒い息でそれを見届け、ようやく剣を鞘に収める。
鼓動は速く、耳鳴りがうるさい。
右足に力が入らない。
踏ん張るつもりだったのに、感覚がうまく伝わらない。
頭がふらつき、次いで両膝に、ずしりと重力がのしかかる。膝から崩れ落ちた身体は、そのまま地面に倒れていく。
もはや支えようとする意思すら、四肢へ届かない。
泥の感触が、鎧越しに冷たく伝わってきた。鉄の匂い。土の湿気。誰かの血。自分の血。
すべてが混ざり合い、ひとつの鈍い現実になる。
兵たちが駆け寄り、仰向けに寝かせる。兜の留め金が外され、金属の外殻が音を立てて落ちた。
セイランの顔が露わになると、兵たちの表情が一様に凍りついた。
右目の瞼から頬にかけて、深く裂けた傷。皮膚は断たれ、まつ毛を赤く濡らし、頬を伝って顎先に至るまで、血がとめどなく流れていた。
「目が……っ、救護班を呼べ!」
「止血道具を……!」
叫び声が交錯するなか、セイランの唇がわずかに震えた。
「……皆……無事か……」
聞き取れるかどうかも危ういほどの、小さく擦れた声。
だがそれを拾った兵が、喉を詰まらせながら答える。
「はい……皆、無事です…!」
セイランの顔に、安堵したようなわずかな表情が浮かぶ。右手が、ゆっくりと鎧の胸元に触れる。
鎧の下にある、ほんのわずかな硬さが皮膚に沈み込む。
形は見えなくとも、確かに“ある”。
指先が、それをなぞる。
けれど、その動きは次第に鈍くなっていく。重さを失った腕が、徐々に下へと滑る。
鎧の上をすべり、最後には手が泥の上に落ちた。金属の指当てが、鈍い音を立てて湿った土を打つ。
誰かが、セイランの名を呼んだ。
しかしもう答える術がない。
意識が、深い深い闇に沈み込んでいった。