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第4章:刃と負傷

 曇り空の下にようやく静けさが戻りはじめていた。


 セイランは負傷兵を背に、救護所のある後方へと歩いていた。


 仮設の天幕の中では、次々に運ばれてくる兵を衛生兵たちが懸命に処置していた。


 セイランはぬかるんだ地を踏みしめ、腹部を押さえた負傷兵を衛生兵の手へ引き渡す。 


 「腹部に裂傷。意識はある。止血を頼む」


 


 衛生兵が頷き、手早く手当ての準備を始める。


 


 と、背後から呼ばれた気がして振り向く。


 そこには、水を差し出す若い衛生兵の姿があった。

 手はわずかに震えていたが、その眼差しはまっすぐだった。


 


 「副団長……水を、どうぞ」


 


 セイランは一度首を振った。


 


 「まだ戦は終わっていない」


 


 だが、衛生兵も水の入った器を引こうとしなかった。視線を伏せながらも、唇がかすかに震える。


 


 「……それでも、きっと、お疲れのはずです」


 


 沈黙が落ちる。 


 セイランは静かに器を受け取る。  

 兜の口元を覆う鎧を外し、一口、ごくりと飲んだ。



 「……ありがとう」


 


 短くそれだけ告げて、器を返す。

 青年はほっとしたように肩の力を抜き、小さく頷いた。


 

 その時、隣に横たわっていた兵士が、かすれた声を漏らした。


 


 「……副団……長……」


 


 セイランはすぐに顔を向け、かがみ込む。


 兵の唇がわずかに動いていたが、その声はあまりに小さく、兜越しでは拾えない。



 彼は再び兜の前面を跳ね上げ、声を拾おうと耳を近づけた。

 


 「もう一度言ってくれ」



 その刹那だった。


 茂みの陰から、何かが動く音がした。

 湿った枝が折れるような、土をこするような、異質な音。



 セイランはハッと顔を上げた。

 視界の端に、泥にまみれた影が跳ね上がる。



 ……敵!!



 血に染まった兵が、顔を歪めて剣を掲げ突進してくる。

 地面を這っていたその体は、最後の力を振り絞って這い出してきたらしい。



 「下がれ!」



 セイランは剣に手をかけながら、背後の衛生兵を庇うように押しやる。



 その叫びと同時に敵の刃が舞った。

 避けるには距離が足りなかった。


 


 兜前面を戻す暇もなく、右の頬から眼窩、眉へ――

 鋭い一撃が斜めに走る。

 


 「……っっ!」



 刹那、視界の半分が赤く染まり、世界が傾いた。


 右目に焼けたような熱が走り、身体の重心が崩れる。 

 血が、頬を伝い、顎へと流れる。

 


 それでも、剣を抜く。



 視界の欠けた戦闘は、まるで光のない洞窟で戦うようだった。

 敵の肩の動きも足の沈みも、何も読めない。


 


 背後には、まだ処置中の傷病兵と衛生兵たちが大勢いる。ここで倒れれば全員が危うい。


 セイランは敵の刃を受け、薙ぎ払う。

 振るう刃は鈍く、足元の泥は動きを奪う。


 動ける兵たちが援護に入りたくとも、周囲には負傷者と担架が横たわり密集していた。


 踏み込む道が確保できず、回り道をして近づくしかない。


 


 その瞬間も、セイランは孤独な戦いを続けていた。


 右目の世界は完全に消え、バランスが崩れ、敵の斬撃を完全には避けきれない。



 担架に足を取られ右足が滑った。



 次の瞬間、斜め上から第二撃の刃が迫る。



 「副団長――!!!」




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