第32章 青い髪飾り
暖炉の薪が、ぱちりと音を立ててはぜた。
夜はすっかり更け、雨脚は徐々に細くなりながらも、まだ窓の向こうで静かに屋根を叩いていた。
エラは両手の中に小さな瓶のふたを乗せたまま、言葉もなくその形をじっと見つめていた。
指先に伝わる金属のひんやりした感触と、ほんの少しだけ欠けた縁の感触。
それは確かに、あの日森で失くした惚れ薬の瓶だった。
エラがそっと顔を上げると、セイランは焚き火の明かりに照らされて、少しだけ表情を和らげていた。
「あのとき。結婚式の後にリアム様から渡された青いものって……」
「そうか、見ていたのか。それがこの瓶の蓋だ」
セイランは困ったような照れたような顔で返す。
「戦場で死にかけた時、衛生兵がこれを保管していてくれたようだ。私はすぐに王都に戻ったからすれ違いで返せなかったらしい。衛生兵がリアムに託してくれていて、あの時に返してもらったのだ」
「そうだったのですね」
謎が解けてほっとする。でも、まだ聞きたいことがある。
一番聞きたくて、一番聞くのが怖いこと。
「……では、あの青い髪飾りは?」
エラの声はかすかに震えていた。
「アメリア様の瞳にそっくりの青い髪飾りです。アメリア様に贈るものだと思っていました」
言った途端、胸が締めつけられた。
だが、セイランは慌てて首を振る。
「まさか!あれは、戦場で人から託されたものだ。ずっと、持ち主を探している」
「持ち主?」
「かつてともに戦った者がいた。名はマティス。薬師だった。私より10は歳上だったと思う。戦場にあっても朗らかで、そして勇敢な人だった」
マティス……!
その名に、エラの心臓が大きく跳ねる。
「彼は戦の終わり際に病に倒れた。最期のとき私に髪飾りを渡しながらこう言った。『この髪飾りをリラに渡してくれ』と」
エラは息をのんだまま、セイランの顔を見つめる。
「その薬師の名前は、マティス・ノクター、ですか?」
セイランの瞳がゆっくりと大きく見開かれる。
「ノクター……? いや、姓は聞いたことがなく分からないが……」
「それは、おそらく私の父です。そして、リラは……たぶん私の母。リライザ・ストレッド。けれど、魔女の子と呼ばれていた母は、本名を隠していたかもしれません。だから探しても見つからなかったのでしょう」
言いながら、自分の声が震えていることに気がついた。
まさか、ここで、そんな形で父と母の過去を知るとは思わなかった。
「母は青い瞳をしていました。父の亡くなった翌日に別な戦場で亡くなりましたが……。父は最後まで母を大切に想っていたのですね」
静寂の中、火のはぜる音だけが続いた。
やがて、セイランは立ち上がると、卓の端に置かれていた小箱からひとつの包みを取り出した。
慎重な手つきでそれを開く。
開いた包みの中には、銀の土台に青い石をはめ込んだ美しい髪飾りが収まっていた。
夜の明かりに、青い石が小さく瞬く。
「……では、これは君が持つべきものだ」
セイランから髪飾りが渡される。
触れた瞬間、冷たく澄んだ感触が、心の奥まで染みわたっていく。
エラは髪飾りを胸に抱きしめながら、泣き笑いのような顔でセイランを見つめる。
「父と母が、こんな形でセイラン様とつながっていたなんて知りませんでした。……髪飾りを託した相手がセイラン様で本当に良かった」
エラの瞳から涙が一筋こぼれ落ちた。




