第30章 望み
初めて見る表情に、ぼうっとその横顔を眺める。
「ーーっ!」
「え? わっ!」
ふいに手を取られ、バランスを崩しそうになった。
足が枝を滑りかけた瞬間、セイランの腕がぐっとエラを引き寄せた。
気づけば、彼の胸の中に抱かれていた。
びっくりして体が固まる。
服の上からでも分かる鍛えられた厚い胸板、そこから感じる温もりに、今自分が抱きしめられているだと理解する。
「セ、セイラン様……」
ぎゅう、と抱きしめる腕の力がわずかに緩み、ようやく息を吐きだす。
「……ずっと、名前を呼びたかった。けど、言えなかった」
耳元で囁かれたその声に、エラは目を見張る。
「え?」
「この結婚は、王命じゃない。私が望んだことだ」
その言葉はあまりにも衝撃的で、涙や鼻水、しゃっくりが止まる。
――王命じゃない?
セイランがゆっくりと身体を離した。
そして、少し顔を赤くしたセイラン様の瞳が真っ直ぐに自分を見つめていることに気づいた。
その瞳に、偽りはなかった。
「私が、エラとの結婚を望んだんだ」
一語一語、丁寧に噛みしめるように、まっすぐな声が響く。
エラは一瞬、息をのんだ。
「え? ど、どうして?」
「……君と結婚したかったからだ」
エラの胸がドクンと跳ねた。
じわじわと耳が熱くなってくる。
きっと顔も同じように赤くなっているだろう。
が、先に口をついて出たのは、戸惑いの言葉だった。
「えええっ? ご、ごめんなさい、私とセイラン様、面識はなかったかと……」
「……そうだな。順番通り話そう。まずは、家に帰ろう」
彼の手がそっと自分の手を取る。
濡れた木肌は滑りやすい。けれど、セイランの手は温かかく、力強かった。
木の根元に降り立ったふたりは馬に乗り、雨の中を駆け抜ける。
セイランの腕に支えられながら、エラはしずくの中、じっと前を見つめていた。
◇ ◇ ◇
家にたどり着くと、セイランは迷わず暖炉に火をくべ、薪を重ねる。
濡れた服のままでも、まずはエラを温めようと、湯を沸かす支度まで手早く済ませた。
「エラ、君が先に」
静かに促され、エラは頷いた。
湯気を立てる湯を両手で救い、顔を浸る。
じんわりと顔が温まり、ホッとする。
つま先、足、と湯に体を沈めていくと、その温かさにいかに自分が冷えていたかを自覚する。
体が次第にほぐれていく。
上がると、テーブルには温かなミルクが置かれていた。
湯気がふわりと立ちのぼり、思わず胸が熱くなる。
「温まったか?」
「はい」
「そうか。これを飲んで待っていてくれ。寒かったらベッドで寝ていてもいい」
そういうと、入れ替わりにセイランが浴室へと向かう。
その後ろ姿を見送ってから、カップを手に取り、ミルクを一口含む。
優しい温もりが喉を通っていく。
やがてセイランも湯から上がり、自室へと向かう。
戻ってきたとき、手には小さな木の箱があった。
テーブルに置かれた箱。
「これは……?」
そう問うと、セイランが視線で中を促す。
不思議に思いながら覗き込むと、そこには見覚えのある小瓶がいくつも入っていた。
「これって……!」




