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第27章 想い

「惚れ薬」。


祖母から薬作りを学んでいたころ、エラはその言葉を初めて耳にした。

惚れ薬といっても、本当に心を操る魔法のようなものではない。


それは、身体と心のはざまに、ほんの少しの作用をもたらすだけの薬。


温かいお茶に混ぜて飲ませれば、目の前にいる人に、なんとなく好意を抱きやすくなる。


一度では効果は薄いが、繰り返されることで「この人のことを好きかもしれない」と錯覚させる——そういう類の薬だった。



「薬は人を救うもの。だが、望まない気持ちを植えつけることは呪いと同じだよ」



祖母は真剣な目をして言った。


エラがその薬を作ったのは、祖母が死んですぐのことだった。

王城に薬を納品した帰り。

ある若い女性が近寄ってきて「惚れ薬を作ってほしい」と頼んできたのだ。


最初はきっぱりと断った。


けれど彼女はエラが王都に納品に行くたびに姿を現し、切実に頼み続けた。

ついに根負けして、形だけでもと約束してしまったのだ。


その夜、エラは祖母の言葉を思い出しながら、慎重に三本の惚れ薬を作った。


惚れ薬は数日後に完成した。


が、どうしても気が咎めた。

やはりこれは渡してはいけない。

彼女のためにも、自分のためにも。


会いに行った際に「惚れ薬は失敗して作れなかった」と告げた。


頬をはたかれ、泣かれた。

だが、どうしても渡せなかった。



帰り道、ぬかるんだ森の小径を歩いている途中、足を滑らせて派手に転んだ。


その拍子に手提げ袋が落ち、中に入れていた惚れ薬の瓶が地面に転がってゆく。



「あっ!!」



2本はすぐに見つかった。

だが、残り1本がどうしても見つからない。


必死に探した。

夕暮れが近づく中、何度もしゃがみ込み、草をかき分け、葉の下をのぞき、泥に手を突っ込んだ。


けれど瓶は見つからなかった。


仕方なく帰り、翌朝、明るくなってから再び同じ道をたどる。


その日も見つからず、翌日も、その次の日も空振りに終わった。


そして、あの瓶は諦めるしかなかった。


その惚れ薬が……まさかセイランの手元にあるなんて。

一体どうして?



そして、気になるものがもうひとつ。



エラは引き出しの中で輝きを放つ、青い石の髪飾りを見つめた。

明らかに女性用の品。


細かな銀の細工がほどこされ、中央には透き通るようなサファイアがあしらわれている。

繊細で、気品に満ちていた。



この国では、恋人同士が互いの瞳や髪の色に合わせた贈り物を渡す風習があった。


女性は男性に刺繍入りのハンカチや、石をあしらった飾り紐を。


男性は、女性にイヤリングやネックレス、髪飾りを。


これが本当に女性への贈り物だとするならば、その女性は青の瞳を持っていることになる。



エラの脳裏に、ひとりの女性の顔が浮かんだ。


(……アメリア様)


公爵家の娘であり、セイランと同じ貴族階級にある、美しい女性。


柔らかな栗色の髪、澄んだ青い瞳。

まるでこの髪飾りそのもののような気品を纏っていた。


それに、あのとき。


(公爵家を訪ねたとき……アメリア様に敵意を向けられた)


アメリア様と二人きりになったあの日。

優しげな言葉の裏に、鋭い棘があった。


そして、今、はっきりと思い出した。

結婚式の日。


リアム様がセイラン様に何かを渡していた。

青く光る、小さなものだった。



(あのとき渡されたのが……この髪飾り?)



惚れ薬と、髪飾り。

まるで、それは一つの真実を物語っているかのようだった。

つまり……



――アメリア様と、セイラン様。



王命で、エラと結婚することになったけれど、セイランが本当に愛していたのはアメリアだったのではないか。


けれど、身分の違いもあって結ばれることはできず、だからこそ惚れ薬で自らの心を操作しようとしたのでは。


セイランは真面目な人だ。

誠実で、優しくて、嘘がつけない。


それならきっと、彼は自分の感情すら制御しようとした。



そしてまた、あることに気がついてしまった。


(セイラン様……わたしのこと、一度も名前で呼んだこと、ない)


その瞬間、心の底が、音もなく崩れるのを感じた。


胸の奥が、ぎゅっと強く締めつけられる。


あたたかいと思っていた日々は、もしかして全部、彼の努力の上に成り立っていた幻想なのではないか。


ふらつきながら立ち上がる。

そのまま玄関の扉を開けた。


外はいつのまにか雨が降っていた。

けれど、それが冷たいとも、濡れるのが嫌だとも思えなかった。


家の中にいることがどうしようもなく耐えられなかった。

そして、森の中へと駆け出していった。





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