第3章:戦場
火が空を焦がしていた。
西部の戦線。
敵の伏兵が森の影から現れたのは、雨上がりの曇天だった。
空気に混じるのは湿気だけではない。鉄の匂い。血の予感。
号砲が鳴った。
矢が放たれ、刃が交わり、馬が嘶いた。
兵たちの怒号が響き、戦場が目を覚ましたように地を揺らす。
それは、誰もが命を削る音だった。
重く光る鎧に身を包んだセイランは、列の中央で指揮をとっていた。
剣を振るうたびに返り血が飛び、鎧を濡らす。
敵の刃を受け、反撃し、倒れた味方を跨ぎながら前へと進む。
戦列は崩れかけていた。
「前を保て! 盾を上げろ!」
声を張り上げながら、隊の左翼を押し返す。
兵の腕が震えている。
若い痩せた体格の男だった。
セイランは片腕で敵の刃をはじき返しながら、若い兵に叫ぶ。
「怯むな!俺が前に出る!」
その一言で、兵の顔に力が戻る。
――この戦は、耐えることが勝利につながる。
敵は執拗だった。
森の斜面から現れた伏兵が、側面を何度も突いてくる。
ぬかるんだ地に足を取られ、味方の声が届かず、混乱が広がっていた。
セイランは指揮を保ち、何度も列を立て直した。
剣はすでに重い。
だが、振るうたびに一人、また一人と仲間の背中が守られていく。
泥にまみれた刃、吹き飛ぶ血、乾ききらない空気に漂う汗と鉄の臭い。
それらすべてが混じりあい、視界を霞ませる。
敵の士気が下がり始めたのは正午を少し過ぎた頃だった。
矢の雨が止み、森の奥へと後退する敵兵の影が見えたとき。
セイランはようやく剣を鞘に戻した。
勝ったわけではない。
だが、崩れなかった。それだけで充分だった。
「負傷者を――急げ!」
自ら声を上げ、歩を進める。
戦える者は少ない。
だが、まだ助けられる命はある。