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第25章 アメリアの言葉

応接室では公爵夫妻が待っており、温かな笑顔でふたりを迎えてくれた。


案内された豪華な部屋の中央には、色とりどりの菓子や、ティーセットが整えられている。


エラはセイランから教わった所作を思い出しながら、慎重に、丁寧に振る舞う。

カップを持つ手、ナプキンのたたみ方、笑顔の作り方――けれど、何ひとつ自然にはいかなかった。


タルトを取ろうとして指が緊張し、フォークを落としそうになったところを、セイランがそっと助けてくれた。


そのさりげなさに心が温かくなる。


しばらくして、リアムがふと立ち上がる。



「セイラン、例の件で……ちょっといいか?」



「ああ」



すぐ戻る、そう言ってセイランが席を立ち、リアムとともに部屋を出ていった。


扉が閉まると、空気の温度が少しだけ低くなったような気がした。


部屋には、エラとアメリアのふたりだけ。


アメリアは見惚れるような優雅な仕草でティーカップを口元に持っていく。


なんとなく居心地が悪く、膝の上に置いた手をモゾモゾと動かす。


しばしの沈黙ののち、アメリアがカップを静かに、そして優雅に置いた。



「セイラン様に、ずいぶん丁寧に所作をお教えいただいたのですね。とてもお上手でしたわ」



その声は優しい。

けれど――どこか冷たい笑み。



「……まさか、セイラン様があなたのような方とご結婚なさるとは思いませんでしたわ」



何気ない会話のように放たれた言葉。


けれど、とても冷たく鋭く、エラの胸に突き刺さった。



(もしかして、アメリア様は……)



そのとき、扉が開いた。


セイランとリアムが戻ってきたことで、部屋の空気はすぐに元の賑やかさを取り戻した。


けれどエラだけはーー冷たく重い石が心の中に入ってきたかのように、気持ちは沈んだままだった。




◇ ◇ ◇


  



帰りの馬車。

窓の外では灰色の雲が垂れこめ、雨粒が落ちる寸前の空が広がっていた。



「疲れただろう。ああいう場所は慣れないと疲れるものだ」



セイランの声はいつものように穏やかだった。


エラはぎこちなく微笑んだ。



「……ええ。でも、とても良くしていただきました。楽しかったです」



窓の外の空のように、晴れないままの心。


私たちは、本当の意味で「夫婦」ではない。

王命で繋がっただけの、形ばかりの関係。



治療者と患者――それが、今のふたりに最もふさわしい言葉だった。


エラは手を膝の上で組み直し、視線をそっと伏せた。



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