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第23章 思い出

セイランは黙ってエラの話を聞いていた。

やがて顔を上げて言った。



「……散歩に出ないか?」



エラは目を見開いたが、すぐに小さくうなずいた。

上着を羽織り、ふたりは静かに屋敷を出た。


季節は秋の気配を帯び始めた頃。

森の奥では色づいた葉がところどころ見え隠れし、乾いた草の香りが風に乗って流れていた。


地面を踏みしめるたび、枯葉が軽やかに音を立てる。

風は涼しく、けれどどこかやわらかな陽が木洩れ日となって差し込んでいる。


ふたりは言葉を交わさずに歩いた。


やがてセイランが口を開いた。



「この森で、君の祖母やご両親と暮らしていた頃の話を聞かせてくれないか。どんな日々だったのか、何が好きだったのか……どんな思い出があるのか」



歩みを少し緩め、エラは思い出しながら語り始めた。



「祖母と一緒に薬草を採りに行くのが好きでした。季節ごとに香りや色が違っていて、どこにどの植物が生えるかを覚えるのが楽しくて……」



足元を見つめながら続ける。


「お腹が空いたときはよく野いちごを摘んで食べました。少し酸っぱかったですけど、その酸っぱさが疲れた体に染み渡って美味しかったんです」


「それから、薬瓶に貼るラベルに使った薬草や花の絵を描くのが好きでした。祖母が調合し瓶に詰めたあと、私がラベルを書く担当だったんです。文字だけでいいんですが……この瓶に何が入ってるのか分かりやすいように考えながら描くのが楽しかったんです」


ふたりの足音だけが森に響いていた。


やがて、エラはふと立ち止まり、前を見上げた。


そこには一本の大きな木が立っていた。

太く、高く、枝を広げたその木は、秋の陽に照らされて金の光を帯びていた。



「……この木の下で、夏はよく寝転んで涼んでいました。木漏れ日が揺れて眩しくて目が開けていられないほどでした。祖母に怒られたときや町の人に魔女の子と呼ばれて辛かったときは、よくこの木まで逃げてきました」



ふとエラは木の根元に視線を落とした。


「でも、もう父も母も、そして祖母もいなくなってしまいました」



声が途切れ、ふたりの間に沈黙が落ちる。



「……ここ数十年、幾度となく戦が繰り返された。だが、それもようやく終わった。最後の大戦に勝てたからだ」



エラは顔を向けた。

セイランの視線は遠く過去の彼方を見つめているようだった。



「君の祖母のおかげかもしれない。そうでないかもしれない。ただ確かなのは、多くの血が流れたということだ。私自身、数えきれない命を奪ってきた。だから君の祖母と同じだ。私だけじゃない。多くの者が君の祖母となんら変わらない。なのになぜ、祖母や母や君だけが、謗りを受けなければならないのか」



エラはその言葉を静かに受け止めた。



「……なぜ、騎士は英雄と崇められ、薬師は魔女と蔑まれるのだろうか」



それは呟きだった。

誰かに向けられた言葉ではなく、ただただ純粋で真剣な問い。


風が少し強く吹き、落ち葉がふたりの間をさらさらと舞っていく。


沈黙は重くはなかった。


言葉はなくてもたしかに通じ合えるものがあるように感じられた。


そっと隣に立つセイランを見る。


視線に気がついたセイランの目が優しく細められ、唇がわずかに弧を描く。


その瞬間、心臓がドクン!と跳ね、ドクドクと早鐘を打つ。


顔を見ていられなくてサッと顔を背ける。


が、セイランは特に気にした様子もなく、サクサクと木に近づいていく。


不思議な鼓動をたてる胸を押さえながら、エラはその後ろ姿から目が離せなかった。



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