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第1章:森と王城

朝露に濡れた森の葉が、風もないのにわずかに揺れていた。


エラ・ノクターは、肩にかかる卵色の髪を布でまとめ、手際よく薬草を仕分けながら箱の中に重ねていく。


彼女の瞳は灰青で、どこか静けさを湛えている。

18歳という年齢には不似合いなほど、穏やかで大人びた表情をしていた。


今朝はいつもより多くの薬を納めなければならない。



「戦が長引いているらしい。王城が薬草の備蓄を増やしているそうだ」



そんな話が、納品係を通して数日前に届いていた。


母も、戦場にいた薬師だった。

10年前、まだエラが幼かった頃、敵の攻撃に巻き込まれ帰らぬ人となった。


その後は祖母とともにこの森で生きてきた。


祖母はもういない。今はひとり。

だが、手の中にはいつも薬と祈りがある。

 


午前、陽がまだ低い森の奥、支度を終えたエラはいつものように外套を羽織り、馬車の待つ道へと歩き出した。


薬を納めに行くのは月に一度。

町を抜けて王城へと向かうのは、もう何年も続いている。


道は静かだった。


それでも、森を出ると景色は一変する。


石畳の町を越え、衛兵の立つ城門をくぐれば、王の住まう厳かな空気に包まれる。

 


王城は今日も騒がしかった。


兵たちが忙しなく行き交い、文官が記録を走らせ、医務室の奥からは、かすかに薬の匂いがする。


エラは通された通路を歩き、いつもの納品棚へと薬を並べる。


瓶の封を確かめ、ラベルを貼り、係官に届け出の印をもらう。


手際は良いが、丁寧さを損なわない。それがエラのやり方だ。


納品が終わればすぐに戻るのが常だった。


誰とも深く言葉を交わさない。


必要なものを必要な場所へ届ける。


それが彼女の役目であり、守ってきた距離だった。


 


けれど、その日は違っていた。


納品を終え、手提げ箱を抱えながら通路を曲がったときだった。


向こうから歩いてくる人物がいた。


肩に黒い外套を羽織り、背は高く、姿勢はまっすぐ。騎士のそれとすぐにわかる。


通路が狭かったため、自然と視線が合った。



――漆黒の髪に、緑の、深い瞳。



エラの足が止まる。

意識せず、立ちすくむ。



なんて、美しい目なのだろう。


そう思ったのはほんの一瞬だった。けれど確かに心が小さく跳ねた。



しまった、不躾に顔を見てしまった……!



ハッと我に返ると、焦るように視線を彷徨わせ、慌ててぺこりと頭を下げた。

そそくさとその場を去る。


背を向けたあとも、あの瞳の余韻が残っていた。 朝の森のような、美しい翠。

 


馬車に揺られて帰る途中、彼女はぼんやりと窓の外を見ていた。



――誰だったのだろう。



騎士であることは間違いない。

姿勢、均整の取れた身体、気配、どれを取っても只者ではなかった。


でも、名前も、階級もわからない。


彼の方は、エラのことなど気にも留めていないだろう。


たまたま視線が合っただけ。そう思おうとした。



けれど、どうしてだろう。


あの目を見たとき、少しだけ心が動いたのだった。



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