傷跡と嘘
ベルは、すぐには口を開くことができなかった。ウェルガノの怒りが誰に向けられているのかは分からない。それでも、もし矛先が自分であったならと考えずにはいられない。もしそうなら、一挙手一投足が生死を分けることになる。
「……」
ウェルガノは、ベルを急かしたりはしなかった。ただじっと、射抜くような鋭い視線でベルを見つめ、言葉を待っている。
無言の時間は、少なくともベルの体感的には永遠に近かった。けれど理解はしている、待っていても解決はしないと。緊張と恐怖から滝のように汗をかきながら、ベルは慎重に口を開いた。
「この、腕は……彼女に斬られた後、再生せず今に至ります」
「彼女というのは、例の聖域から帰還した内の一人だね。サクラといったか、彼女に何かされたのかい?」
ベルは言葉に詰まった。明らかな動揺は、彼女自身が答えを持っていないからだ。
その様子に気付いたウェルガノは、腕を組んで背もたれに体重を預けた。考え込むように天井を見上げる。
「君も知っての通りだが、僕の祝福を得たものは一つの固有の能力……君の場合は指で操る斬撃がそうだね。それとは別に、いくつかの共通した能力を得る。その一つが」
「傷の治癒や欠損の修復再生……いわゆる回復能力、ですよね」
「そうだ、そしてそれは君たちの肉体の損傷に反応して自動的に発動するもの。壊れた機械のように、たまたま機能が働かなかった、ということはあり得ない」
「……」
無言のベルに、ウェルガノはもう一度視線を合わせた。先ほどまでの圧はすでにない。そこにあるのは純粋な、疑問。
「改めて聞く。彼女との戦闘に際し、治癒能力が不全となった原因に心当たりはないのかい」
「…………ありません」
この日、初めて。ベルはウェルガノに嘘を吐いた。




