神の禁書
「ん……」
瞼をゆっくりと開いて、サクラはぼんやりと天井を眺める。それほど高くはないが、照明が落ちているので木目まではよく見えない。
「……! 寝てた!」
大声とともに、飛び上がるように半身を起こす。さっきまで座っていたはずの椅子がすぐそばにあった。
「おはよう、サクラ。半日ぶりだね」
「ああ、タオ……半日? そんなに寝てた?」
タオの小さな顔が、複数のモニターの青白い光に照らされている。その優しい微笑みがよく見えた。
「ま、仕方ないよ。寝不足だったみたいだし……それに、そのベッドと布団、いいでしょ?」
「あれ、ほんとだ。さっきまでベッドなんてなかったのに」
「普段はしまってるんだよね、視界に入ると誘惑されちゃうからさ」
「ありがとね、わざわざ寝かしてくれた上に、部屋まで暗くさせちゃって」
「暗く? ああ、そういえば消してた」
タオが右手を軽く振ると、部屋の明かりが灯った。窓のない部屋が、真昼のように明るくなる。
眩しさに目を細めながら、サクラがタオの対面に移動する。
「何してたの? 美少女の寝顔を観察するチャンスを棒に振ってまでさ」
「すっごい自信だあ。確かにそれも魅力的なんだけど、ちょっと気になることというか、思いついたことがあってさ」
「思いついたこと?」
タオは頷いて、手元の分厚い本をサクラに見せた。色褪せた青色の表紙に金色の文字で『神々の痕跡を辿る』とタイトルが印字されており、華美な装飾が施された盃や皿、剣などの写真が貼りつけられている。
サクラはしばしその表紙を凝視していたが、怪訝そうに首を傾げた。
「これがどうしたの? 古い本みたいだけど……」
「そ、古い本なの。発行は五百年前で、初版が出てすぐに規制されてここに入れられたんだ。この図書館に最初に収蔵された本の内の一冊なんだけど……ここにある神様の本って、こういうのばっかりなんだよね」
「こういうの?」
「神はかつてここにいただの、この剣は神が鍛えただの、あの物語のルーツはこの神だの……あくまで過去の研究でしかないんだよね。だからサクラの、神様は今どこにいるかっていう疑問に直接答えてくれる本はないんだよ。小っちゃいヒントくらいは、どっかから拾えるかもしれないけど」
「あー……そういうことね」
サクラは明らかに気を落とした様子だ。無理もない、はるばるこんなところに来て徒労だったと知ればそうもなる。
「確かに無駄足だよ、今のところはね」
「今のところ?」
タオは返事をしなかったが、その表情から、無視されたわけではないとサクラはすぐに理解した。
タオは明らかに、躊躇っていた。彼女の中では結論が出ているが、それを口にしていいものか、迷っているように見えた。
だからサクラは、ただ優しく微笑んで見せた。
「言ってみなよ。私は、友達の真剣な話をバカにするほど悪い女じゃないからさ」
「……そっか、そうだね。ありがとう」
タオは安堵したように小さく息を吐いた。