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ミヨの心

 サクラとタオがバーを出た頃。時を同じくしてセルードは目を覚ました。ケガをしたわけではないというのに、ひどく体が重い。硬い布団の上で起き上がることもできないまま、靄のかかった頭で意識を失う前のことを思い出す。



「……う、っ!?」



 無意識に行った記憶の反芻は、あまりに軽率だった。『神造聖人』キリエの殺気は彼の脳に、あるいは魂にこびりついていた。まるで今も目の前にキリエがいるような錯覚。


 そう、錯覚だ。理解しているはずなのに、セルードは胃から逆流してくるものを抑えられなかった。吐瀉物がシーツを濡らし、異臭を放つ。



「起きましたか。施設の方に事情は伝えてありますので、どうぞ気兼ねなく吐いてしまってください」



 窓際で木製の椅子に腰掛け分厚い本を読んでいるミヨが、顔も上げずに言った。声色は淡々としていて、少なくともセルードを気にかけている様子はない。



「ご心配なく、キリエはもういません。私たちが接触した彼の残滓は、聖域の崩壊とともにこの世界から消失しましたから」


「はあ、はあ……」



 セルードは息も絶え絶えで、まともに喋ることもできない。しかしミヨは、伝えることは伝えたとばかりに口を噤み、再び読書に戻ってしまった。


 眠ることすらできず、薄汚れた天井に視線を固定して、ただただ時間が過ぎるのを待つ。半分ほど開いた小さな窓から入ってくる町の喧騒は、少しずつ彼を落ち着かせ、冷静さを取り戻させた。


 殺気という幻覚を振り払い、ゆっくりと体を起こす。少しの動きで、年季の入ったベッドが壊れそうなほどに軋む。


 簡素で狭い部屋だった。セルードが使っているベッド、ミヨが座る椅子のほかには、木製のテーブルと古い型式の小さな冷蔵庫が置かれている程度だ。本来は、一人で泊まることを想定した部屋なのだろう。


 ミヨはセルードが起きたことには当然気付いているはずだが、やはり無言で読書をしている。『神造聖人』といえど、容姿は人間そのものだ。だが、その物憂げな横顔は格調高い絵画のようで、人間離れした印象を受ける。



「……」



 どうすべきか悩むセルードの視線にも、ミヨは一切反応を見せない。


 セルードは思案する。この無言、無視は拒絶を意味しているのか。そんな対応をされても文句を言えない罪を犯したのは事実だ。


 だからこそ、違うと確信できる。罪を犯した自分を、彼女はすぐに裁かなかった。それは慈悲か、憐憫か、あるいは優しさか。



(…………違う)



 様々な言葉を思い浮かべ、けれど合致するものはない。そういうことではないのだ。彼女は、おそらく。



「サンクト、いくつか話したいことがある。少し時間をもらえるか」



 おそらく、どこまでも公平なのだ。彼女は本を閉じて膝の上に置き、セルードに視線を向けた。無表情だが、決して冷たくはなかった。

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