秘密の部屋の主
絨毯に転がった少女は素早く膝立ちになり、周囲を見回す。直感が当たった安堵よりも、警戒心が先に来た。
広い部屋だ。窓はなく、四方の壁は背の高い本棚で埋め尽くされ、中央には大きな木製の作業机が置かれている。建物の構造を考えればここにこの広さの部屋があるのは明らかに不自然だ。
(ってことは、ここはただの隠し部屋じゃない……あの壁は異空間の入り口だったと考えるのが自然か。こんな仕掛けがあったなんて……)
少女は膝立ちのまま、刀の切っ先を正面に向けた。部屋の主の姿は、机上に展開された十を超えるモニターに遮られてよく見えない。
侵入者に気付いた部屋の主がモニターをいくつか動かし、その姿を晒す。少女が怪訝そうな表情を浮かべた。
「子供……?」
「失礼だなあ、人の隠れ家に勝手に上がり込んでおいて。それに、歳もそんなに変わらないんじゃない? まあ、ゆっくりしていきなよ。あいつらも、あなたを完全に見失ったみたいだしさ」
「……!」
モニターの一つを見ながらそう言った部屋の主に、一層鋭い視線を向ける。
あのモニターで、館内の様子を観察していたことは想像に難くない。監視カメラはないとの情報だったが、そもそもこの部屋の存在自体が寝耳に水なのだ。設備に関する事前情報の信用度はすでにないと言っていい。
改めて、部屋の主を観察する。黒いおかっぱ頭の華奢な少女だ。パーカー、手袋、ミニスカート、ブーツと身に纏うすべてが真っ白だった。
彼女は刀を向けられているというのに、頬杖をついて微笑んでいる。縁の赤い丸眼鏡をかけており、その奥に光る白銀の瞳は、侵入者を品定めするように見つめていた。
しばし沈黙の中で両者の視線が交錯したが、少女はゆっくりと刀の切っ先を外し、ため息交じりに納刀した。
部屋の主が微笑む。
「ありがとう。気は済んだ?」
「うん。あなたがどこの誰かは知らないけど、少なくともあいつらの仲間じゃないみたいだしね」
「どうしてそう思うの?」
「通報する素振りがないから。これだけハイテクな装備が揃ってるんだから、あんたがあいつらの仲間なら何かしてるでしょ」
「よく見てるね。動きっぱなしなのに、大したもんだ」
部屋の主がそう言って指を鳴らすと、机を挟んだ反対側に椅子が出現した。少女がひゅうと口笛を吹く。
「へえ、すごい。『福音継承者』、だっけ」
「お、博識だね。その通り、生まれ持った異能ってやつ。しょっぱい能力だけどね。さ、座りなよ。随分お疲れみたいだしさ」