新兵の憂鬱
巡回任務に当たる二人の衛兵が、並んで廊下を歩いている。小柄な男が、長身の男に声をかけた。
「あの、テサロ副隊長」
「おや、浮かない顔をしていますね。どうかしましたか?」
「分かるのですか、兜をかぶっているのに」
「副隊長ですから、そのくらいは容易いですよ。何か気になることでも?」
「……このようなことを、副隊長にお聞きするのは気が引けるのですが」
「何でも仰ってください。今なら聞き耳を立てる輩もいませんし、私も決して口外はしません」
「……」
衛兵は躊躇ったが、やがて口を開いた。
「ここでの任務は、事実上の左遷だと耳にしました。噂話に過ぎないと無視するべきなのでしょうが……その」
「あまりにも平和で暇だから無視もできない、といったところでしょうか」
「……ここにいたとて、何か経験や成果が得られるとは思えない。私は本当に左遷されてしまったのでしょうか。せっかく、厳しい試験をパスして騎士団に入れたというのに……!」
衛兵の言葉を遮るように、テサロが顔の前で人差し指を立てた。
「落ち着いて。少し、声を落としましょうか」
「あ……も、申し訳ありません」
「いいのです、気持ちは分かりますよ。まあ、心配はいりません。なにせ、私がここにいるのですから」
「そ、そうですよね。私のような新米はともかく、テサロ副隊長ほどの人が左遷などありえません」
「それが分かっていながら気持ちが不安定だったのは……あんなことが起こったから、ですね? 襲われた衛兵は、あなたの友人だと伺いました」
「……ええ、まさかここでこんなことが起こるとは思っていなくて。それで、副隊長。そのことでもう一つ、伺いたいことがあるのです」
「お聞きしましょう」
「あんなことがあったのに、我々の任務はいつも通りの巡回ばかりで大丈夫なのでしょうか。侵入者の捜索は……」
「不要でしょう。隊長が判断したから、というのもありますが……ただの盗人に、そこまでする必要はありませんよ」
「……ただの盗人、ですか」
「おや、不服ですか?」
テサロのからかう様な声色に、衛兵は思わず足を止めて首を大きく横に振った。
「め、滅相もない! ただ、その……なぜ盗人と判断されてのかが気になって。のちに襲撃する目的で送られた、斥候の可能性もあるのではないかと」
「ふむ、悪くない目の付け所ですね。ですが考えすぎでしょう。詰所を含めて、各階の小部屋に侵入しようとした形跡がない以上、禁書狙いのコソ泥と考えるのが自然……おや」
テサロが兜の耳元を二度、指で軽く叩いた。通信端末で通話を開始する操作だ。