美を使った名前
フローライト第六十五話
利成の言う通り、奏空はまだライブツアーの最中だというのに咲良の病院までやってきた。
「え?奏空、ツアーは?まだあるでしょ?」と咲良が言うと「うん、でも顔だけ見に来た」と奏空は屈託のない顔で言った。
「大丈夫なの?」
「ん、すぐ戻るから大丈夫」
「そう?終わるのもう少しでしょ?」
「うん、あと二か所だけど大丈夫。赤ちゃんは?」
「うん、連れてこようか?」と咲良が言うと「うん」と奏空が嬉しそうに言った。
看護師さんに頼んで赤ちゃんを連れてきてもらった。奏空が受け取ってぎこちない手つきで抱いた。
「やばっ。小さすぎ」と奏空が赤ん坊の顔を見つめている。
「でしょ?」と咲良も一緒に赤ん坊の顔を覗き込んだ。
「やっぱり女の子だったんだ」
「うん、そう・・・でね、名前なんだけど・・・利成に頼んでもいい?」
「利成さんに?・・・まあ、いいよ」と奏空が子供の顔を見つめた。
「・・・検査ってする?」
「何の?」
「DNAとか・・・」
「え?DNAって・・・」
「だって・・・もしかしたら・・・わからないし・・・」
「んー・・・咲良はしたいの?」
「ううん、奏空が嫌かと思って・・・それに違うかもしれないし・・・」
「俺はいらないよ。だって俺の子だもん」と奏空がまた赤ん坊の顔を見つめた。
咲良はどうしようかとずっと考えていた。でも、わかったところでこの子は奏空との子として育てることにはかわりない。
「俺の名前も利成さんが考えたらしいよ」
「そうなんだ」
「明希が”空”って漢字を使って欲しいって利成さんに言って、利成さんが考えたんだって。咲良も利成さんに何かお題みたいなの出せば?」
「お題って・・・」と咲良は少し笑ってから「それなら奏空が出して」と言った。
奏空は「うーん・・・」と首を傾げてから「考えとく」と言った。
奏空が「美」という字を使って欲しいと利成に言い、利成が「美園」と名付けた。
「天城美園って何だかお姫様みたいだね」と咲良が言うと「だってお姫様でしょ?」と奏空が笑顔で言う。籍は少し前に入れてあり名前は明希が届けてくれた。明希は咲良が退院した後も、時々マンションに来てくれていた。
明希は何も言わず、子供をすごく可愛がってくれた。咲良は普通に接してはいたが、やっぱり明希への負い目が辛かった。
「咲良さん、みっちゃん笑ったよ」と咲良がキッチンで食事の支度をしていると、明希が嬉しそうに報告してくれたり、三か月を過ぎると少しずつお座りができるようになって「ずいぶん早いね」と明希が嬉しそうに言った。
そんなある日、奏空のことがついに大きく週刊誌に載ってしまった。どこからわかってしまったのか、奏空の入籍がわかってしまったのだ。
記事には咲良は天城利成の愛人ではなく、奏空の方だったことを細かく書かれていた。子供のことも乗っていて、咲良が美園を抱いている写真までが撮られていた。
(これ・・・いつ撮られたのだろう・・・)と咲良は唖然とした。けれどいつかはこうなるだろうと予測はしていた。当然奏空の事務所では緊急会議になった。
夜遅くに奏空が少し疲れた顔で帰宅した。
「おかえり・・・大丈夫?」と咲良は聞いた。美園はもう眠っていた。
「美園は?寝た?」と奏空が聞く。
「うん・・・」と咲良が奏空の顔を見つめていると「大丈夫だからね」と頭を撫でられた。
「どうなったの?」と奏空がシャワーから出てくると咲良は聞いた。奏空はリビングの椅子に座って冷蔵庫から出したスポーツドリンクをペットボトルのまま飲んだ。
「んー・・・どうもならない。ごまかしようがないからね。そのままだよ」
「そのままって?」
「そのまま言うってこと。散々言われたけどね」と奏空が笑った。
「・・・私、離れてもいいよ?一人で育ててもいいし・・・」
そう言ったら奏空が咲良の顔を見つめた。
「咲良、物事をピンポイントだけで見るのも時には必要だけど、大概はずっと引いて見ることをお勧めするよ」
「何?どういう意味?」
「んー・・・グーグルマップを思い出してみて。ピンポイントで場所が出るばかりじゃどこにいるかが把握できないでしょ?」
「そうだね」
「それと同じく、今の問題をピンポイントだけで見てたら自分の位置がわからなくなるってことだよ」
「・・・そうだけど・・・」
「一人で育ててどうするの?」
「どうもしないよ」
「咲良が働くってことでしょ?その間は美園は?」
「保育園かな」
「簡単に入れる?」
「それは・・・やってみないと・・・」
「美園に父親のことを尋ねられたら?」
「・・・いないって言う」
「そうなんだ・・・」と奏空は少し遠くを見る目をした。それから「美園は一緒に育てよう。”一緒に”ってところが重要」と言った。
「・・・うん・・・」
「うん、決まりね。もう寝ようか?」と奏空が立ち上がった。
寝室のベビーベッドにで美園はすーすーと寝息をたてて眠っていた。奏空が覗き込んで笑顔になる。
「咲良だけにいいとこどりなんてさせないからね~美園」と小さい声でいう奏空。
「何よ、”いいとこどり”って」
「こんな可愛い美園を咲良だけが毎日見て過ごすなんて、そんなこと俺がさせるわけないでしょ?」と言ってから、奏空がベッドに入る。
「・・・・・・」
咲良は何も言わず美園の顔を見てから自分もベッドに入った。
「咲良~」と奏空が抱きついてくる。
「奏空っていつまでも子供みたい・・・もう二十歳になったんだよね」
そう言いながら、そうだ奏空はまだ二十歳なのだと気がつく。咲良はもう二十七歳になっている。
「二十歳だって子供みたいに甘えたいでしょ」と奏空が悪びれずに言ってから咲良にキスをした。
(あー・・・そうかもね・・・)
咲良も奏空の背中に手を回した。
(でもやっぱり、七歳も違うんだな・・・)とちょっとため息が出た。




