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今世⑤

「あはは、出来ればその……もう少し静かにして頂けると助かります」

「申し訳ありません。非公式の旅中故、目立つことは憚られるのです」


 私は慌てて頷き、これ以上喋らない事を伝えるべく口元に手を当てた。そうして、妹と共にイレーナ姫とラピアローザと名乗る女騎士の滞在する宿へと向かう事となった。


 脇道を出て、村の様子が視界に広がる。村の中は静かだった。。すえた血の匂いと、無数の倒れ伏す人の姿が目に映り、咄嗟にシャリーの前を塞ぐ。既にシャリーも村の惨状は見てしまっているだろうが、だからといって子供に見せていいものではない。

 戦闘はどうやら完全に終息したらしい。エルディバイドの出現で気勢を削がれたのか、盗賊たちの士気は最早無いも同然だったようで。バルドさんと村の男連中が生き残った盗賊たちを捕縛している様が見えた。


 盗賊……。本当に彼らは盗賊だったのだろうか?

 安心を得て気持ちに余裕が出来たせいか、くすぶっていた疑念が浮上する。

 彼らは初めから私やシャリーを殺そうとしていた。あまり想像したくはない事ではあるが、私やシャリーは彼らにとって御しやすい女だ。殺すよりもいい使い道があったはず。だが、そんな素振りは見せなかった。ともすれば村ごと皆殺しにする勢いだった。

 近くで捕縛されている盗賊たちの装備を見やる。先ほど敵対した盗賊も含めて、妙に装備が整っている事に気が付いた。どちらかといえば、軍隊に近いような雰囲気がある。

 彼らには別の目的、そして正体があったのではないだろうか。

 盗賊に擬態し、所属を隠す事で内密に目的を遂行する者達。

 その目的は考えるまでもない、姫だ。

 私の前を歩くイレーナ姫を見やる。非公式……つまりお忍びの旅という事だが、どこかでその情報が漏れていたのだろう。そして何もないこの村なら奇襲に向いていると判断されたわけだ。


 迷惑な。人の村を巻き込んで。

 そんな思いが胸を過ぎる。言いがかりもいいところだ。姫様が望んでそうしたわけでもあるまいに。

自分の浅ましさに嫌気がして、私は頭を振った。

 考えるべきは責任の所在ではない。何故、姫様が狙われたのか。何故、情報が漏れていたのか。

 そして。

 この出来事が、私達にどんな影響を及ぼすのか。

 考えれば考えるほど悪い方向に進みそうで、私は暗い気持ちになるのを止められなかった。


「おお、よくご無事で。突然走り出した時はどうしたものかと思いましたぞ」


 村唯一の宿に到着すると、いかにも執事といった容貌の燕尾服をピシャリと着こなす男性が安堵の息を漏らしていた。


「心配し過ぎよ。ラピアがいるのだから」

「そうでございましたな。ですが、不必要に危険に飛び込む真似はおやめください。

 私の寿命が縮んでしまいます」

「ご、ごめんなさい。気を付けるわ、レバス」


 レバスと呼ばれた執事の冗談と思しき発言に、慌てたように謝るイレーナ姫。姫と従者と聞けば相応の立ち居振る舞いが求められるかと思ったが、そこまで堅苦しい人達ではないらしい。

 想像と違う姫様像に呆気にとられていると、レバスと呼ばれた執事と目が合った。


「おや、そちらの方は?」

「あぁ! 聞いてレバス! とうとう見つけたのよ!

 レバスも見たでしょう? さっきのあの闇の……」

「落ち着いて下さいませ。ここではゆっくりとお話も出来ません。

 宿の中へご案内してはいかがでしょう」


 興奮が再発したイレーナ姫を執事がなだめる。このまま棒立ちで余計な噂話が広がっても困ったところだ。執事の人に感謝しつつ、私は口を挟んだ。


「それなら、妹を帰させてほしいです。母の無事も確認したいですし……」

「あ、そ、そうでしたわね。申し訳ありません。気が利かず」


 これからする話とは、楽しいものではあるまい。そんな場所にシャリーを置いておくわけにはいかないし、シャリーも母さん父さんの事が心配だろう。

 私の陰に隠れる妹に視線を向け、私がそう告げるとイレーナ姫は本当に申し訳なさそうにしていた。それを見かねてか、騎士のラピアローザが一歩前に出た。


「でしたら、自分が家まで案内しましょう。

 それならば安心でしょう」

「それだとお姫様が……」


 騎士ラピアローザの実力は間近で見たので、そこに疑いはなかった。とはいえ、仮にも姫の護衛がほいほい離れていいのだろうかと疑問が湧く。


「レバス殿がいるので問題ありません。

 さ、お嬢さん、私に家を教えてくれるかな?」


 だが私の疑問は一言で一蹴された。戦えそうな見た目はしていないが、この執事も実力者という事だろうか。一国の姫の従者なのだから、そういうものなのかもしれない。


「あまり過大評価されても困るのですが……ラピア様が戻るまでなら大丈夫でしょう。

 こちらはどうぞお任せを」

「頼みます。では、行ってまいります」


 二人の間で話は済んだようで、ラピアローザはシャリーの手を取って歩き出そうとした。シャリーが私の方へ視線を向ける。そのまま着いていっていいのか悩んでいるようだった。

 出来れば私とてシャリーの手を引いてこのまま帰りたい。帰って両親の安否を確認して、いつも通りの平和な晩御飯を楽しみたい。

 だが姫が許してくれそうにない。


「私は大丈夫だから。シャリーはお母さんに無事を伝えてくれる?」

「う、うん。お姉ちゃん、後でね!」


 涙を呑んで、手を振って妹を見送る。ラピアローザはシャリーの歩幅に合わせてくれているようで、二人はゆっくりと家の方へ歩いて行った。その所作からラピアローザが信頼のおける相手である事が伝わってくる。

 その様子にほっとして、私はイレーナ姫たちの方へ視線を戻した。


「申し遅れました。私、レバス・ディゾンと申します。

 こちらにおわすイレーナ姫様の執事を務めている者です」


 執事のレバスが丁寧に会釈する。その様子に、私はふと自分が名乗っていない事に気付いた。イレーナ姫が名乗った時でさえ、驚きのままスルーしていた。少しばかり血の気が引くのを感じつつ、私は焦燥感から早口で言葉を紡ぐ。


「こちらこそ! えっと、私はリヴェリア・ハーシェルと言います。

 さっきまで居たのは妹のシャリーと言って……その……」

「ご丁寧にどうも。ですが、話の続きは中で致しましょう。外は冷えますしね」

「そうですわ、リヴェリアさん! 貴方には色々お聞きしたいことがございますし!」


 そうして促されるまま、私は宿の中へと案内されるのだった。

 受付はスルーしてそのまま部屋へと促される。顔馴染みの店員が私の顔を見て一瞬、驚いた様子を見せたがすぐに表情を隠して何事も無いように頭を下げていた。

 案内された一室は、下手をしなくても馬車の方がまだ豪華であろう大した調度品も無い部屋だった。辺境の村の宿だから仕方がないとはいえ、お姫様が滞在するには不釣り合いが過ぎる。

 それでもイレーナ姫は気にした様子なく、用意された椅子に腰を落ち着ける。

 私はレバスの案内で反対側の椅子へと連れられた。


「お茶を入れてまいります」


 私とイレーナ姫が椅子に座ったのを確認するとレバスはそう言って退室した。


「さ、待っていても時間が勿体ないので少しお話ししましょう」


 ぽん、と手を合わせて良い事を思いついたように話し始める。

 どうもこのイレーナ姫という方はせっかちな部分があるらしい。とはいえ私に止める術などあるはずもなく、イレーナ姫の言うがままに従い話を聞く姿勢を取った。


「まず、リヴェリアさんは光と闇の精霊のお話をご存じですか?」

「ええと、御伽噺の……で合ってますか? 子供の頃に親からよく聞かされました」


 最初に切り出されたのは、ルプタリア王国のみならず全世界で語られているとされる御伽噺だった。


 『光と闇の精霊の物語』。それは遠い遠い遥か昔、世界を滅ぼそうとする闇の精霊が顕現した事から始まる。この滅びに対抗すべく、一人の勇者が光の精霊と契約を果たす。そうして勇者は数多の試練を乗り越え、闇の精霊を打ち倒し世界に平和をもたらす……というどこの世界でもよくありそうな英雄物語だ。


「そうです。その物語です。……ですが、それは御伽噺ではないのです」


 そう、イレーナ姫は言った。極めて真面目な顔つきで、ここだけの話とでも言うように。


「実際に、約千年前に起こった出来事なのです。そしてそれは更に千年前にも同じことが言えます。

 そしてそのまた千年前にも……」

「それは……その……千年周期で同じことが起こっていると?」


 突拍子もない話が始まり、何とかついていこうと思考を声に出す。

 私は自分の口から出た言葉でハッとした。千年周期で、前回が千年前……。


「はい。そして、次に闇の精霊が生まれるとされる年……それが十五年前なのです」


 とっくに過ぎているじゃないか、とは思わなかった。他の数字ならそう思えたかもしれない。だが、十五という数字に私は身震いした。それは『俺』が『私』に転生した年だったのだから。

読んで頂きありがとうございます!


一話のみ当日連続更新を予定しています。

一時間置きくらいの更新を想定しています。

こちらは6/9になります。

二話以降は毎日少しずつの更新となる予定です。

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