今世④
忘れるわけがない。我が愛機を! その名前を!
『リエル……!』
見間違えようはずがない。それは、エルディバイド四番機そのものだった。
「……って」
はぁぁぁぁ!!?
あり得ないあり得ないあり得ない!
なんでリエルがここにいる!?
ハンドガンの時点でおかしかったが、エルディバイドまで出てくるのはもう夢か幻の領域だ。
いや、実際にそうなのか? これは私が見ている白昼夢か何かなのか?
……違うわ。盗賊どもも見えてるリアクションしてるわ。ハンドガンだって本物だったわ。
って事はつまり。現実がおかしい。
『地球公用語及び本機の名称を確認。暫定的にマスターと承認』
抑揚のない声が村中に響き渡る。その言語は自分以外で久しく聞かなかった故郷の言葉だ。
村内の人々から一瞬、声が消える。それは村人や盗賊を問わず、全ての人からだ。誰もがエルディバイドの方へと目を向けて固まっていた。
エルディバイドの放った言葉は、この星の人々にとって未知の言語だ。それが言葉なのか鳴き声なのか、そこに含まれる意味を解そうとしているのかもしれない。あるいは、それ以前にその声の主がエルディバイドなのかどうかを確かめようとしたのか。
『暫定マスターの保護の為、戦闘行動に移行』
……いや、待て。
エルディバイドから続いた言葉に、思わず心の中でツッコんだ。
戦闘行動?
この世界で?
その巨体で?
村の全てを更地にするつもりか?
巨体が大きな一歩を村へと踏み出す。地響きが起こり、体がふらついた。そんな私達の事はお構いなしとでも言うかのように、エルディバイドの胸部左右の装甲版が開かれる。その下にあるのは、千のレーザーを拡散するサウザンドレーザーの砲門だ。
本気か。
それはいくらなんでも、ないだろう?
盗賊一人一人を細々と狙える物か、それが?
そんな生易しい武器ではないだろうそれは!
「私の村を滅ぼすつもりかこのバカー!!!」
私は叫んだ。叫びながらビームを撃ちまくった。人間用のハンドガンに、村から離れているエルディバイドまで届くような射程は無い。幾筋か伸びる虚空へと消えゆく光は、私の怒りの代弁でしかなかった。
『マスターの安全が最優先事項です』
「お前が私達の安全を脅かしてるんだよっ!」
『……盗賊の撤退を確認。これ以上はマスターのみで対応可能と判断』
私の訴えを聞き入れたわけではなさそうだったが、エルディバイドの装甲版が閉じられる。ほっと一安心する私に、言葉が付け足された。
『後程、落ち着いた時にまた連絡します』
そう言付けを残して。エルディバイドは飛び立った。大地に強風を巻き起こしながら、空を越えた宇宙へと。単独で大気圏を突破できるその姿を、私は初めて外から見たのだった。
「でも、なんでエルディバイドが……リエルがここに?」
嵐のように現れ嵐のように消えた巨体の行方を目で追いながらそんな呟きを漏らしていると、近づいてくる足音が聞こえた。
新手の盗賊か、先ほど逃げた盗賊が戻ってきたのかと身構える。
「あの巨人を追い払った光は確かこっちから……!」
「お、お待ちください! まだ賊が潜んでいるやもしれないのですよ!」
おおよそ盗賊らしくない品のある声と、慌てた様子の声。どちらも女性のものだった。
声の主は、すぐに私達の前に姿を現した。
「貴方が……あの闇の……いえ、巨人を追い払ったお方ですか?」
この辺では……いや、近隣の町でも見ないだろう煌びやかな衣装を身にまとった女性と重装甲に身を包んだ女騎士だった。女騎士は先ほど表道で戦っていた人だ。
とすれば、もう一人は昨日この村にやってきたという貴族だと分かる。
だが、そのお貴族様の私を見る目はなんだろう。まるで恋焦がれた相手をようやく見つけたような。
嫌な予感を覚えるに十分なその眼差しに、私は咄嗟にハンドガンを衣服の下に隠した。
「あの、もし……?」
貴族の女性が上目遣いに再度訊ねてくる。私は今気づいたように振舞って首を振った。
「あ、あぁ。私に話しかけられていましたか? でしたら、人違いですよ」
面倒ごとは避けたい。そして、ここで首を縦に振ったらその望みは叶わなくなる。そんな確信にも近い予感に、私は全力でただの村娘を装った。
――のに。
「ううん! お姉ちゃんだよ! お姉ちゃんが魔法の光で怪物を追い払ったの!」
私の足を必死で掴む可愛い妹、シャリー。恐怖に打ち震えていたはずのその顔を覗き込むと。
両目をキラッキラに輝かせ、自慢の姉を見せびらかすように、私の事を紹介してくれた。紹介してしまった。
妹の自慢にされるのは悪い気はしない。むしろ誇らしくある。だが、それは普段であればの話だ。時と場合というものがある。勿論その時と場合が今ではないのは言うまでもなかった。
「やはり、貴方が……!」
「いやいやいやいや! 妹の勘違いです! 怖くて幻覚でも見たんです!」
「そんなことないもん! 私ちゃんと見てたもん!
お姉ちゃんが村を滅ぼすなーって言って怪物に光をぶつけたの!」
ぶつけてません。届いてません。せいぜい怒りぐらいです。
必死で否定しながらどうこの場を収めるべきか考えを巡らせる。
目の前の貴族様もシャリーも二人して目を輝かせて、私をヒーローか何かと勘違いしているようだ。
他に誰かいないかと目線を彷徨わせると、もう一人の人物に目が留まった。
貴族のお供と思しき女騎士様だ。助けを求めて懇願の視線を送ってみる。女騎士は困ったようにため息を浮かべて口を開いた。
「姫様、まだ安全を確認できたわけではありません。話をするにも状況が落ち着いてからでしょう」
「あ、そ、そうね。ごめんなさい、ラピア」
引き伸ばしとはいえ、一先ず時間を稼いでもらえた。
女騎士に向かって謝る貴族様。
いや、待って。今、その貴族様の事を姫と言った?
二人の様子を交互に見やる。
私の困惑を察してか、姫と呼ばれた貴族様は私に向かって居住まいを正した。
「申し遅れました。私、イレーナ・リィム・ルプタリアといいます。
貴方がたの安全は私の部下が保障いたします」
「護衛のラピアローザです。どうぞこちらへ、安全な地点までご案内します」
ルプタリア……私たちの住む国名と同じだ。偶然の一致もあるものだ――
「――って、お姫様ぁぁ!?」
私の驚愕の声に、目の前の姫を名乗る女性は眉を寄せて困ったようにほほ笑んだ。
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